flexible sealing waxes

はじめに

封蝋を押した手紙を送る際、どうしても気になるのが、せっかくの封蝋が割れないかということです。以前お伝えしたとおり、シーリングワックスには、割れやすい伝統的なハードタイプと、可塑性が高く割れにくいフレキシブルタイプがあります。幸い日本郵便は優秀なので、ハードタイプのワックスを用いても定形外郵便で発送すれば、封蝋が割れることはさほど多くなく、破損した場合も軽微な欠けで済むことがほとんどです。しかし確実に封蝋を破損させずに届けたい場合や、あるいは封書年賀等で、どうしても手紙を定形郵便で発送しなければならない場合、区分機に通されても割れにくいフレキシブルワックスが頼りになります。封蝋が時代錯誤となった現代において、なおも封蝋を施そうとする我々にとって、このワックスは心強い味方なのです。今回はそんなフレキシブルタイプのワックスを、代表的なブランドに絞って3種類ご紹介しましょう。

1. エルバンHerbin

Herbin sealing wax
エルバン シーリングワックス フレキシブル(レッド)

エルバンの創業は1670年、ルイ14世の治世にさかのぼります。インドから輸入したシェラック1)を用いた上質なシーリングワックスは高く評価され、王室にも納められました。設立から3世紀半が経った今でも、エルバンはフランスを代表する封蝋ブランドとして親しまれています。同社は今もなお伝統的なハードワックスを生産していますが、その一方で、郵便制度の変化にも柔軟に対応し、割れにくいフレキシブルワックスも販売しています。今日同社の主力商品として展開されているのは後者であり、日本国内で流通するエルバンのワックスは、真珠のように輝くパーリーワックスを除き、基本的にフレキシブルワックスです。

1) ラックカイガラムシの分泌物を精製して得られる天然樹脂。独特の光沢があり、木造家具のニス等にも用いられる。

フレキシブルワックスの一般的な特徴として、ハードワックスに比べ艶が控えめなことが挙げられます。エルバンのワックスも、溶かす前の状態では、マットな質感が際立っています。しかし火で溶かし封蝋にしてみると、驚くほど豊かな光沢を呈します。もちろんハードタイプのワックスには及びませんが、二束三文のフレキシブルワックスと比べれば違いは歴然としています。

色は全10種類。標準的な色が揃っていますが、一方で鮮烈なピンク色の“ローズ”や、紫に近い“パルマブルー”などといった独特なものも見受けられます。王道の赤いワックスはやや色が明るすぎるようにも思われますが、フレキシブルワックスで絶妙な赤色のものは、なかなか見当たりません。ハードワックスで代替できない場合、今のところはエルバンの赤で妥協するしかないでしょう。

エルバンのワックスは、入手が容易なのも魅力のひとつです。銀座伊東屋はもちろん、新宿伊勢丹の文具売り場や、一部の東急ハンズ、そしてAmazonなど、様々な場所で販売されています。最もポピュラーであり、標準的な商品なので、初めて封蝋に挑戦する方にもお勧めです。

2. スタンプティチュードStamptitude

Stamptitude Bronze Sealing Wax
スタンプティチュード シーリングワックス(ブロンズ)

衰退の一途をたどる封蝋業界のなかで、近年、現代的な感性で封蝋をよみがえらせようとする新しいブランドが台頭しつつあります。スタンプティチュードはその旗手ともいえる存在です。創業は2013年、イギリスで出会ったOli・June夫妻が香港を拠点に始めた、シーリングスタンプの専門ブランドです。世界各国のカリグラファーを起用した繊細かつ現代的なデザインのスタンプが評判ですが、同社が生産するワックスも見逃せません。まさにミレニアルピンクといった色合いの“Blush”や、淡色ながら発色が良い“Mint”、優しくも妖しい“Mauve”など、伝統的なワックスメーカーにはみられない斬新な色を展開しています。多くのメーカーがヨーロッパの伝統色を用いるなか、現代のトレンドに沿った色彩を取り入れたスタンプティチュードのワックスは、非常に興味深いものです。他方で、例えば写真のブロンズ色は、まるでアンティークの金物のような色彩であり、クラシックな封筒にも似合います。新進ながら、なかなか懐が深いブランドです。

ワックス自体の質感はどれもマットであり、ブロンズのような金属的なカラーであってもワックス自体の光沢は控えめです。一方でラメが混ざっているため、決して地味になることはなく、ジュエリーのように可愛らしく輝きます。

スタンプティチュードの商品は、銀座伊東屋のほか、総輸入代理店でもある九段下のペーパーツリーで手に入ります。

3. アラジンAladine

Aladine Sealing Wax
アラジン シーリングワックス(バーガンディ)

アラジンはフランスで文房具やDIY用品を販売するメーカーです。1991年創業の比較的新しい企業であり、商品の多くはポップでファンシーなものです。しかしその一方で、殊勝なことに、同社は伝統的なカリグラフィー用品等も展開しています。このシーリングワックスもまた、新興企業らしからぬ古めかしさと上質さを備えた商品です。

このワックスについてまず特筆すべきは、豊かな光沢です。基本的にはフレキシブルワックスらしいマットな質感ですが、光にかざしてみると、まるでクリームを塗ったばかりの革靴のような艶を呈します。光沢の面では先述のエルバンも見事なものですが、アラジンのワックスもそれに勝るとも劣らぬ出来です。

カラーバリエーションに関しては、エルバンと重複する色がほとんどですが、色合いが微妙に異なります。写真のバーガンディの色味はとりわけ魅力的です。ダークチェリーのようなこの色は、高級感があるうえに使い勝手が良く、明度が抑えられた白い紙や、アイボリーの紙によく似合います。

アラジンのワックスは、銀座伊東屋でバラ売りされています。ぜひ足をお運びいただき、実際に手に取ってその質感をお確かめください。

おわりに

郵便物が手作業で仕分けされていた時代には、フレキシブルタイプのワックスは必要ありませんでした。実際、多くの伝統的なワックスブランドはハードタイプの製品を作り続けています。今回紹介したワックスが、エルバンを除き歴史の浅いブランドであったのはそのためです。ハードタイプのワックスに関しては、拙稿「ハードタイプのシーリングワックス5選」をご覧ください。

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