訳者まえがき 歌曲の困難は、詩と音楽の調和に存する。歌詞を伝えようとするあまり音楽が疎かになってはいけないが、かといって音楽性を過度に重視すれば、歌詞は無意味な添え物にすぎなくなる。歌詞と音楽が、均衡を保ちつつ…
菊坂 高踏

菊坂 高踏
古き良きヨーロッパ文化を愛する批評家。 「作者は自らの作品において、宇宙における神のごとく、随所に顕れつつも、どこにも姿を見せてはならない。」(フローベール)
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懐古趣味が高じて買ってしまった、年代物のフロックコートがある。購入先の店主によれば、1930年代に英国で仕立てられたものらしい。フロックコート自体は19世紀の衣服であるが、なるほど確かにこの一着は、典型的な30…
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訳者まえがき とある高名な仏文学者に聞いた話では、ヴェルレーヌを専門とする研究者は意外に少ないらしい。マラルメやランボーと並び称されるこの大詩人に専門家が付かない理由は、氏いわく後期の作品群にある。ある作家を専…
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訳者まえがき 俗悪なブルジョワジーに物申すにあたり、ヴィリエ・ド・リラダンが皮肉という形式を選んだのは、実に賢明なことである。彼らは皮肉を解さない。皮肉によって語るのであれば、関わりたくもない彼らからの余計な仕…
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訳者まえがき ヴィリエ・ド・リラダンは、革命が生んだ最後の悲劇である。彼はフランス有数の名家の血を引きながらも、没落貴族の末裔として、貧民同然の暮らしを強いられた。「現代において真に高貴な唯一の栄光たる大作家の…
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訳者まえがき デ・ゼッサントおよびシャルリュスのモデルであり、ポール・エルーやエミール・ガレのパトロン、そしてブランメルの系譜に連なる最後のダンディでもある、ロベール・ド・モンテスキュー伯爵――19世紀末フラン…
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訳者まえがき 「今どきレニエを読むとは珍しい」――古書店の老店主にそう言われたことがある。つくづくお世辞のうまい店主である。この詩人を愛する者にとって、過去への愛に勝る美徳はないのだから。 アンリ・ド・レニエの…
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訳者まえがき 歴史に名を残すことなく、忘れ去られた詩人たちがいる。凡庸とみなされ、群小詩人と一括され、学界からも出版界からも等閑視されてきた彼らの作品は、はたして大作家たちのそれと比べて本当に劣っているのだろう…
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はじめに 5月も末となり、走り梅雨の合間に差す陽光の暖かさが、早くも夏を予感させます。盛夏に向けて支度を整えるには、うってつけの時期です。 ウェルドレッサーを志す日本人を毎年悩ませるのが、夏の暑さです。湿度の低…
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これまで本誌では様々なレターペーパーを取り上げてきましたが、そろそろ筆者のとっておきをご紹介しましょう。アマルフィの製紙工房、アマトルーダの手漉き紙です。 1. 繁栄と衰退 現代ではすっかり観光都市となってしま…
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※封蝋の種類や押し方については、拙稿「封蝋のすゝめ」をご覧ください。 はじめに 封蝋の歴史は古く、近代郵便制度が成立するはるか前から、西洋の人々は手紙に蝋で封を施してきました。しかし現代では、郵便の仕分け過程に…
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はじめに 一枚の絵画が私をとまどわせる。 画布のこちら側にはみ出しているかのような果物籠に誘われ、私の目は画中の世界に迷い込む。すると私は、食卓の向こうに、神秘的な光を浴びて輝くイエス・キリストそのひとを見出す…
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以前丸の内にある文具店ANGERS bureauを訪れた際、あるノートが目に留まりました。シンプルなくるみ製本でしたが、小口は見事に砥いであり、端正な美を湛えていました。確か表紙には、柔らかい紺色の紙が使われて…
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はじめに 封蝋を押した手紙を送る際、どうしても気になるのが、せっかくの封蝋が割れないかということです。以前お伝えしたとおり、シーリングワックスには、割れやすい伝統的なハードタイプと、可塑性が高く割れにくいフレキ…
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はじめに レイド紙laid paperとは、簾の目が入った紙のことです。今でこそ特殊な紙として扱われていますが、18世紀半ばになめらかなウーヴ紙wove paperが発明されるまで、ヨーロッパではレイド紙が一般…
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優れた小説を読み終え、本を閉じた後に感じる、あの満ち足りた気持ちを何と言えばよいのだろうか。ひとを恍惚とさせるあの幸せなひとときに、私はいつも、自分の心を満たしている朦朧とした感覚を言語により明確化しようと試み…
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はじめに ドイツ南部、オーストリアにほど近いアルプスの山間に位置し、豊かな水を湛える氷河湖、テーゲルン湖――そこからさらにマングファル川に沿い1キロほど北上したところに、一軒の製紙工場があります。ドイツを代表す…
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はじめに 現在、東京都美術館ではコートールド美術館展が行われています。モネの風景画やルノワールの風俗画、そして多数のセザンヌ作品も興味深いところではありますが、何より注目すべきは、エドゥアール・マネ晩年の傑作《…
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イギリスのスマイソンSmythson、アメリカのクレインCrane & Co.――欧米各国には、それぞれ国を代表するソーシャル・ステショナリー・ブランドがあります。フランスの場合、そのようなブランドとし…