ケルンの旅(後篇)――ケルシュと美術館

まだらの牛

ケルン旅行記、前回はPeters KölschというBrauhaus(ビール醸造所附きのレストラン)を訪ねた場面で終わっていました。その流れでまずビールの話題から始めたいと思います。

おさらいですがケルンにはケルン特産のビールがあります。ケルシュ(Kölsch)というのがその名です。ケルシュはケルンとその近郊で作られた、淡色で上面発酵、ホップが効いて、(もちろん)ドイツのビール純粋令に則ったビールしかその名を名乗るのが認められておらず、現在ケルンのビール醸造所協会(Kölner Brauerei Verband E.V.)に登録されているブランドは16しかありません。16しかない、と書きましたが、ケルンはドイツで四番目に大きい都市で、人口が百万ほどとはいえ、一都市にビールのブランドが16あるというのは、さすがビール大国ドイツと感じさせます。


スーパーで買ったケルシュの例

いくらグローバル化が進んでいるとはいえ、世界各地のスーパーマーケットにはその土地に根差した商品も並びます。筆者はドイツの隣国オランダに住んでおり、ケルンは電車で四時間ほどの距離と、比較的近いですが、それでもオランダのスーパーにケルシュのビールが並んでいるのは見たことがありません。しかしケルンに行けばスーパーやキオスクにケルシュが並び、街の居酒屋の大半樽から注がれる新鮮なケルシュを提供しています。

ドイツ語ではお店で樽から注がれるビールのことを 「vom Fass」と言います。「Fass」というのは「樽」という意味です。日本語でも最近は英語式に「タップ(tap)」という言葉がクラフトビール業界などでは普及していますが、こちらは「蛇口」という意味です。ちなみに、オランダ語はドイツ語に近いのですが、お店では英語と同じように「van de tap」とか「op tap」という言い方をします。

日本では「生」というのがこの樽から注がれるビールを指したり、いや、「生」の本来の意味は熱処理していないビールのことを指すので、瓶だろうが缶だろうが「生」ビールなのだ、といった声がありますが、何かこの樽から直接注がれるビールについて(瓶ビールに対する)決定的な用語を決めてほしいものです。「生中」という言葉が既に市民権を得ている以上、「生」でタップのビールのことを指すことに決めてもいいのではないかと思うのですが。熱処理しているビールなど、今日では例外に過ぎないのですから、熱処理していないビールを指す用語など無用な存在ではないでしょうか。個人的には、慣用に則って「生」をタップのビールを指すのに使うのが一番の手で、「タップ」という言葉が普及するのはあまり面白くなく、それなら「蛇口」という言葉を使えばいいのではないかと思います。「樽生」という言葉もありますし、ドイツ語と同じように「樽」という語を使うのも手ですが。

ビール談義が長くなりました、まずケルンでPeters Brauhausの次に入ったBrauhasuをご紹介したいと思います。

Brauerei Päffgen Friesenstraße 64-66, 50670 

右に見えるグラスの上にコースターで蓋がされているのは、もうビールの交換はいらないという意思表示。

こちらはBrauhausではなくBrauerei(醸造所)という名前がついていますが、実質Brauhausと変らない醸造所附きのレストランです。ケルン観光の中心地からは少し離れていて、そのせいかテーブルから聞こえてくるのはもっぱらドイツ語で、外国人観光客の存在感はあまりありませんでした。

席に通され、早速ケルシュを注文したあとは、しばらく放置され、はじめはあまり居心地がよくありませんでした。ケルシュは200mlしかないのですぐに飲み切ってしまい、しかし店員はつかまらず、Kranz(輪、リース)と呼ばれるケルシュなどの飲料を入れた容器を持って回って来た店員がお代わりを差し出した際に注文してもよいかと聞き、やっと食事を注文できましたが、混んでいる時間はしばらく忍耐が必要です。何人かで来ればもちろん話し相手がいるので大丈夫なのですが、筆者のように一人旅だと、「いや、ここで私は数杯のビールとドイツ料理を消化するまで決して席を立たないのだ。たとえドイツ人だけに囲まれ、相席に通されたとしても」という微妙に強いメンタルを持っていたほうがよいです。

ケルシュだけ飲んでいる分には、グラスが空になっていれば、Kranzを持ったウェイターが巡回して周り、空になった容器を回収しケルシュが縁まで注がれたグラスと交換してくれます。「Danke schön(ありがとう)」といえば「Bitte schön(どういたしまして)」とむこうも返しますが、ルーティンなので彼らは黙々とビールを客に運んでおり、こちらが少し愛想を見せようが見せまいが、気にかけません。見ていると、客に話しかけられれば一通り愛想よく応対はしますが、決して一つのテーブルに長居せず、猛烈に忙しそうだなと思いました。

折角なのでケルン料理と冠されている一皿を頼みました。その名も「Rheinischer Sauerbraten mit Klößen und Appfelmuß(ライン川のヴィネガーやハーブでマリネされたローストビーフ、団子とリンゴのソース)」。「Sauerbraten」のことをマリネされたローストビーフというように訳しましたが、必ずしも正確ではなく、牛以外の肉である可能性はあります。筆者が食べたものも何の肉かよく分かりません。団子はジャガイモに小麦粉がつなぎとして使われたであろう食感のものでした。リンゴのソースはリンゴを砂糖で煮たもので、素朴なものです。こういう肉料理に果物のソースを付け合わせにするのは日本人の発想からしてあまり慣れないですが、美味しいです。


コースターに何杯飲んだか棒線で記録され、会計時にはそれをもとにコースターの後ろに店員が筆算をしている。

Wallraf-Richartz-Museum Obenmarspforten 40, 50667

この美術館は前回の記事でご紹介したMuseum Ludwigと同じように、ケルン観光で外せないスポットです。Museum Ludwigは現代美術の展示が主で、ピカソやマックス・エルンストなどの作品も展示されているところでしたが、このWallraf-Richartz-Museumは中世のキリスト教美術から、レンブラントなどのオランダ絵画、そしてモネやゴッホ、ゴーギャンなどの近代絵画まで、西洋美術の発展が一箇所で体感できるおすすめの場所です。

見どころの一つは聖ウルスラ(Ursula)の生涯を描いた連続する絵です。聖ウルスラはキリスト教の伝説的殉教者の一人で、イングランドの王女でしたが、異教徒の王の求めに応じて、婚礼に向かう途中で天使の予言に従いローマに巡礼し、帰途ケルンで一万一千人の処女の侍女とともにフン族に殺されたとされています。

4世紀の伝説的殉教者,聖人.

9世紀以降の様々な伝承によればブリトン人の王女で,生涯をキリストに捧げる誓いを立てていた.異教の王の求婚に対して,王がキリスト教の洗礼を受け,結婚まで3年待つことを求めて多数の侍女と共に船旅に出たが,ケルンで天使が現れてローマへの巡礼を命じ,また彼女が殉教するという予言を授けた.帰途ケルンで,街を蹂躙していたフン族に侍女たちと共に殺されたが,多くの天使が現れフン族を追い散らしたとされる.解放を感謝したケルンの人々は聖ウルスラ教会を建て,市の守護聖人として崇敬.教皇パウルス6世は実在可能性が低いとして一般典礼暦からはこの聖人を削除した [1970] が,ケルンを中心にその記念日(10月21日)が祝われている.またメリチの設立した聖ウルスラ修道女会は,世界各地で青少年の教育に多大な貢献をした.

『世界人名大辞典』岩波書店

ケルンには聖ウルスラの名を冠した教会もあります。私自身は実は見たかどうか記憶に定かでないのですが、フン族に殺されたウルスラと一万一千人の処女の骨が壁一面に飾られたDie Goldene Kammer(黄金の部屋)なるものがあるそうですので、行かれた際はぜひ見てみてください。


聖ウルスラ教会(Kirche St. Ursula) Ursulapl. 24, 50668 

そうしたキリスト教美術以外にももちろん、近代絵画や彫刻で美しいものがそろっています。二時間はあっという間に過ぎてしまう盛りだくさんの美術館です。

Alt St. Alban Quatermarkt 4, 50667 

Wallraf-Richartz-Museumの隣にはAlt St.Albanというかつての教区教会でしたが、第二次大戦で破壊され、再建される代わりに戦争の惨禍の記念として、廃墟としてこの地に残されています。とはいっても正面などある程度は修復されているのですが、建物の内部は空洞になっており、フェンスから覗くと厳粛な気持ちになります。中に入ることはできないのですが、フェンスからよく内部を覗くことができ、上の美術館を訪れた際は真横ですので覗いてみることをおすすめします。

Hohenzollernbrücke 50679 

恐らくケルンで一番有名な橋です。川と親しむ方法としてはクルーズがもちろん一番よい方法なのですが、橋があれば渡りたいもの。この橋は鉄道橋ですが、両脇は歩行者用の通路が設けられています。車はこの橋を通りません。ケルンの東岸と通じており、東岸にはほとんど観光スポットがないため、観光客はそちらへ行く必要性が薄いですが、橋の上は観光客で賑わっています。なぜかというと、この橋は柵一面に南京錠が取り付けられており、その眺めが壮観なのです。橋に南京錠をつけるというのは、恋人たちが永遠の愛を誓う象徴として、世界各地に見られる現象ですが、このケルンの橋はその中でも規模が大きいものの一つなのではないかと思います。全長400メートルほどのこの橋のフェンスには実にまんべんなく南京錠がとりつけられており、南京錠は橋を越えて、大聖堂まで続く道の半ばまで点々と取り付けられています。

ライン川の岸は夕方を中心として、多くの人々が川を眺めながら、ビールを飲んだりピザを食べたりと、思い思いの時間を過ごしています。クルーズ船の埠頭が並び、マインツの方などからやって来た船が乗客を吐き出しています。ケルンは第二次大戦の空爆で手ひどくやられた都市ですので、街並みには近代的な側面が多くみられますが、この大聖堂を控えたライン川に面した地区は伝統的な建築が立ち並び(多くはカフェ【飲み屋としての】が入っています)、いわば町の顔となっています。名のない路上の音楽家がギターを弾き、歌を歌い出し、ピザを食べていた若いへそ出しの女性たちがそちらに好奇の目を向けます。

ケルン大聖堂とケルン中央駅の間の階段にも相変わらず多くの人々が休む場所になっています。夜の大聖堂はまた昼間とは違った顔を見せます。

午後九時から十時の間、太陽は西の方に消え去って行きます。昼間は34,5度はあった気温は夜になったからといって快適な温度まで下がるという訳には行かず、また日々コロナウィルスを巡る状況がどう変転するか予断が許せない状況です。しかし、ケルンは夏を最大限に楽しもうとする人々で殷賑としていました。

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