つい先日、三十路を迎えた私ですが、大人になってフランス料理店というのは食事をする場所ではないという事に気が付きました。随分と気づくのが遅かったのですが仕方の無いことで、私が28年間住んでいた静岡市にはフランス料理店が無かったのです。
読者の皆様も環境は様々だと思います、私のように田舎に住んでいて1度もフレンチに行ったことのない方も居れば、一方で東京のように星の数ほどのフランス料理店が密集している環境で毎週利用する人も居るはずです。

ではフランス料理店とは何なのか、それはワインを飲む所です。全てがワインありきで存在します。
入店から食事が終わるまで早くても2時間、高級店で食後酒を飲んで帰れば3~4時間あたり前に掛かるのです。一品一品が提供されるまで20~30分掛かることもザラで、これではお酒が飲めない人や子供がフランス料理店に行くと、どれだけつまらないことか想像に難くないことです。料理も軽快なアミューズ、オードブルから徐々に濃い味付けのものに変化してゆきます。

フォアグラの刺激的なマリアージュ

一度このような光景を目にしたことがあります。フレンチの夜のコース料理で、お酒を飲めない20代の若い男女がオレンジジュースを片手にフォアグラを食べているのを見ました。あれで楽しめているのかな、美味しいのかな、本当に大丈夫なのかなと心配になってしまいました。
お酒が飲めないのであれば予めシェフに伝えてメニューを変更したり、ノンアルコールのスパークリングワインや炭酸水を選んだ方が脂っぽいものにはすっきりと相性が良いのです。酒飲みでない限りフォアグラなどは特に要らないメニューと言えます。

しかし酒なら何でもいいかと言えばそういう事でも無く、ビールや日本酒を合わせるのは難しいです。流行りのハイボールなんてもっての外、麦の香りが絶望的に合わない料理ばかりなのです。米油や醤油を多用する和食はビールやハイボールなどのウイスキーでも合うシチュエーションばかりで、天ぷらにビールなんかはとても合います。

ボルドーワインを自宅で飲むのは難しい

フレンチに話を戻すとワインなら何でもいいか、それもまた難しい問題でカルフォルニア、南アフリカ、スペイン等の濃厚なワインは絶望的に合いません。結論から言うと多くのフランス料理はシャンパーニュ、ブルゴーニュ、ボルドーまたアルザス・ドイツの一部のワインが合うように作られています。

逆に、ボルドーワインを飲むのであれば、自宅で飲むことはまず無いでしょう。よほど料理に自信があって前菜から魚料理、肉料理と効率良く作りながら飲むのなら合わせられますが常人には難しいことです。シャンパーニュやブルゴーニュの白ワインなどはキッチンドリンカーのように飲みながら軽い料理を進めるなどはできますが、自宅でボルドーワインを開けるのは困難と言えます。料理が無いとあれほど重みのあるワインを一人、ないしは二人で飲み切るのは難しいです。
どっしりとしたタンニンはメインディッシュの油がたっぷり乗った料理の為に存在します。

さて前置きが長くなってしまいましたが本題に移りましょう。ワインありきという事を念頭に置きながら、本当に美味しいフレンチレストランの見分け方に入ります。

ウェイティングルームを通されるか

格式が高いフレンチレストランの多くはウェイティングルームに通されます。トゥール・ダルジャンなど一流の高級店でもウェイティングを用意していないお店もありますが、一軒家タイプの場合はほとんど用意されています。
この時にお手洗いや化粧直しを済ませたりします。昔はウェイティングルームでアペリティフ(食前酒)を飲んだりワインリストを眺めたりしたそうですが、2000年以降はまずそのような店は見かけません。予約で席が用意されていても、わざと3分ほど待たせることもあります。到着後に一呼吸して、よし始めるぞという合図にもなります。しかし小規模なフレンチレストランではウェイティングルームに通さない事も多く、有無は大まかな目安にしかなりません。

白いテーブルクロスが掛かっているか

海外ではカバーチャージと言ってテーブルクロスの交換代などを含める店もあるそうですが、日本では一律でサービス料や料理の料金に含まれます。
テーブルクロスがあれば美味しい良い店という訳ではありませんが、高い料金を取るのにテーブルクロスが無い店は危険です。往々にして不味い傾向にあります。真っ白でびしっとアイロンが掛かってセットされているというのは店の方針や教育もしっかりしていて料理の味にも拘りが強い傾向にあります。

カトラリーやアクセントプレートの扱いは店によって異なる

昔のマナー本などでカトラリーは外から順番に使うと教えており、確かに今でもカトラリーを10本ほどずら〜っと並べている店も存在します。しかし少数派で高級店でもカトラリーが出ておらず、必要な料理に必要なフォークとナイフが出てくるという店が多くなっています。

先日とある神楽坂の店で高度な情報戦に遭遇したのですが、魚料理を使うのに外側に二本多い。私はフィッシュスプーンとフィッシュフォークを使い、同行者は外側から使いました。すると次の料理で同行者はカトラリーを再度セッティングし直されてしまいました。「なんで使わないカトラリー出てるんじゃい」と怒っていましたが、難易度の高い罠が仕掛けられている店もあるようです。

ここで有効的な良い店の見分け方をお教えします。メインディッシュのナイフに注目して下さい。これがLaguiole(ライオール)だろうとChristofle(クリストフル)だろうと良いのですが、刃先がしっかり付いているものか。
そして刃の管理がしっかりされているかを見ます。もし肉にナイフを入れて、よく研いだ鋼包丁のようにスパッと切れたら、それは”料理”は一流の店です。ナイフの手入れをしっかりしている店は笑いが出るほど切れ味が良いです。

一方で、27センチプレートの上でグイグイと力を掛けて何往復もナイフを前後しなければならない店。肉質も悪く、ナイフの刃も溢れている、これじゃあ三流店です。そんな店はたいてい味も不味いのです。
クリストフルのディナーナイフは新品のペティ包丁並に鋭い刃が付いていて、うっかり触ると指が切れるほどです。
一発で、すっと切れる店を見つけたのなら信頼できます。

下の写真は先ほどお話した、全て並べて使わないカトラリーまである難易度高い店です。

ちなみにアクセントプレートも店によって異なり、直ぐに下げる店、下げた皿に一品目を乗せる店、下げずにアクセントプレートの上に料理の皿を乗せる店など何でもあり状態です。
料理の味とはあまり関係が無く、スタイルが気に入るかどうかです。

前菜は四季に合っているか?

味が美味しいフレンチレストランは前菜から違いが出ます。四季に合った料理をアミューズ、前菜に盛り込んで来るのです。それもフレッシュさを残した状態で出します。王道のフレンチだと小さな一口大のフィナンシェ、これにチーズやベーコンのようなものを練り込んだものが出てきます。いずれも、この時点で美味しい!と思ったなら9割方、美味しい良い店です。
一方で「ん〜?」「なんだこれ?」という感じや、良く分からないパンのような何かだなぁ、と感じたのであれば危険なお店です。この先の料理に陰りを見せます。

パンとバターの関係

気の利いた店だと温めた柔らかいパンと共にバターを2種類ほど出してきます。ここでオリーブオイルしか出ない店は△です。特に塩が絶妙に効いたホイップドバターが出てくる店は拍手です。思わずバターとパンをおかわりしてしまいます。
ナチュラル系な店だと香りの良い全粒粉や、店内でりんごなどの果物から酵母を培養したような本格的なパンを出してきます。こちらも拍手なのですが、メインディッシュが来る前に満腹になる可能性があるので危険と隣合わせです。

グラスワインで現れる精神

先ほどワインありきと言いましたが、ソムリエが居る店はやや信頼できます。居ない店はハズレる率が高まります。
熱心なワイン好きであれば好みのボトルワインを頼んだり、持ち込みをしますが、カジュアルに食べたい人は店にあるグラスワインを頼むことでしょう。これがソムリエの大きな悩みで、一杯1,000~2,000円で料理に合う美味しいワインを見つけなければなりません。それも最初に抜栓してから少なくとも一日は持つものを。そうでないと廃棄になってしまい、肝心のお酒で元が取れないからです。

750mlのワインで100~120mlのグラスワインが一般的なので6~7杯。一杯1,000円だと6~7千円そうなると2千円前後でワインを選ばなければいけません。醸造酒なので酸化して廃棄が出ることも多いのです。
1杯2,000円で、やっとボトル4~5千円のワインを選べます。しかし今度は値段が強気すぎて頼む人が減ってしまいます。

ですのでソムリエはなんとかして低価格で美味しいワインを選びます。A.C.ブルゴーニュで村名ワインのような香り高く膨よかなワイン、またはボルドーの格付け5級のセカンドワインや、ラネッサン、シャス・スプリーンなどのクリュ・ブルジョワ級のワインなど。

グラスワインで美味しい!と思えるものが出るのであれば、その日の6割は成功したも同然です。また中には気の利いたソムリエがグラスワインを頼んでも「どのような物がお好きですか?」と聞いて、こちらが「ピノノワール」と言うと好意でわざわざ新しく抜栓してくれる店もあります。
たいていそういう店はワインの選択が美味いです。そしてグラスワインなのに抜栓して頂いた立場としては、せめて同席者と2杯、できればお互いにおかわりして4杯頼めば、きっとソムリエはにこやかに「次のグラスワインはどの銘柄が良いですか?」と聞いてくれるはずです。
抜栓で4杯取れれば少なくともお店が損はしないので、次のワインまで気前よく抜栓してくれる事もあるのです。

ちなみに格式高い写真のような店ではブツブツ何か言うのではなく、「料理に合うグラスワインをお願いします」とだけ言うべきです。

料理の温度が最適か

特に魚料理と肉料理が冷たい皿で出てくると、怒り狂って席を立ってしまいたい衝動に駆られます。古今東西、肉は火が通った直後が一番柔らかくて美味しく、時間の経過と共に温度が下がって固くなってしまいます。
皿を出した直後も”調理が続いている”と思った方が良いのです。メインディッシュが出て10分もすれば肉は冷たくなり、油は固まり、ソースも固まり、野菜は冷えて食べれたものではありません。

それを回避するためには、わずかばかり早く肉を鉄板から引き上げて、熱々に火傷するほどに熱したディナープレートに手早く載せて、テーブルに着いた時に肉の焼き加減が完成するのが理想です。
客の方も出て料理の説明を効いた直後から、給仕が背中を向けた瞬間から食べ始めるべきなのです。

そのためにもメインディッシュが来るまでに赤ワインの用意は確実に済ませて置いた方が良いでしょう。いくら肉が完璧の状態で来ても”主役”の赤ワインが遅れてくるのでは万事休すで、コンサートでショパンのピアノ協奏曲が始まっているのに主演のピアニスト、ルービンシュタインが到着していないようなものです。

食べる客の方もInstagramのために何枚も角度を変えて写真を撮っているようでは駄目です。最悪のケースだと、料理が出てきたら給仕にスマートフォンを渡して記念撮影を初めて、いつまで経っても料理に手を付けない。
もし本当に写真が撮りたいのであれば、時間が経っても味の変化が少ない前菜やデザートのタイミングで撮影するべきです。

とにかく、このメインディッシュが出るまでの長い長い前座はこのときの為にあるので心してかかりましょう。

説明が長すぎてはいけない

私「料理が来た!(食べたい!)」

給仕「こちらはシェフの修行先のラ・フォンテーヌで出していた料理で、南フランスのプロヴァンスより直輸入したホワイトアスパラをソテーしてものに、赤パプリカを乾燥させて粉状にしたものを振りかけて、静岡県産のアサリをソーヴィニヨンブランで炒めて作ったソースを掛けたもので、周りに飾ってありますのはブラックチェリーを細かくカットしたもので、軽く混ぜて召し上がると美味しいかと存じます。そして右にある緑のソースの隠し味にはカレーのスパイスでも使われるクミンシードを粉にしたものを僅かに加えて香りを立たせております。後ほどそちらのスパイスをお好みで付けて横の〜〜中略〜〜ぜひ、召し上がり下さい。」

こんな具合で料理が出るたびに1分以上も長い話を聞かされることがあります。酷いと数分にまたがる説明で、客の私達がお預けを食らうわけです。同行者にいたっては呆れて食べながら説明を聞くこともあるそうです。
そうは言っても短ければいいというものでもなく、「お待たせしました真鯛です。」では寂しすぎるので10秒程度の簡単なプレゼンテーションが理想的ですね。長く話す場合は料理が来る前に説明してほしいものです…。

メインディッシュは添え物の野菜に出る

肉を食べて、これは美味しい!と感激を受けてワインをあおる、そして添え物の野菜に手を付ける。
うん、美味しい(あれ?同じ味?)、他の野菜もとフォークを刺すがどれも似たような味やんけ、という店があります。
本当に料理に拘りがある店は、一つはワイン煮込み、一つはスパイスなど全体の調和を乱さないけれど飽きの来ない味付けをしています。添えてある野菜が一つずつジワジワ美味しいという店は素晴らしいので今後も懇意にするべきです。

客に試される精神力と経済力と体力

おそらく私の駄文を5000文字も読んでいる皆様なら大丈夫であろうが、客の方も精神力と経済力と体力を試されます。まずは堅苦しい格好をしながら3時間以上も食事を続けたり、ワインの間合いを計算して飲み続けるという体力と、その間に一緒に行った人を飽きさせないトーク力や話題作りなどの精神力、更にはドリンクやフロマージュなどで無限にチャージされていく支払いを難なくこなせる経済力が必要なのです。

特にメインディッシュが終わった時にはヘトヘトで疲れ切って、とてもじゃないけどチーズと食後酒を飲む気分には慣れません。ここでコニャックやマール、貴腐ワインと共にシェーブルチーズを食べれるようであればタフ・ガイとして一目置かれます。そんなタフな男はきっとプティフールの後に店を出てバーでシガーでも吸おう、となるはずです。

ちなみに写真のようなチーズの盛り合わせ、彼女が「可愛い〜一口ずつたべたい!」とオーダーして、切手のような小さなサイズで5~6品盛り合わせ、伝票には+¥4,000なんて事が実在するので頼むなら潔く普通のサイズにして一緒に楽しみましょう。

店の近くで寝よう

どんな店が良いかって、それはやはり自宅から近い店でしょう。フルコースを楽しんだ後に電車やバスを乗り継いで1時間掛けて帰宅するなんて現実的ではありませんし、せっかくの華やかな気分が一瞬で消えてしまいます。
タクシー移動であっても10~15分程度を目安にすると良いです。20~30分も乗っていると飲食した後だと気持ち悪くなってしまいます。

その点ではホテルに併設されたフレンチレストランは強く、いや〜素晴らしかった!となったら後は徒歩2~3分で部屋に戻ればバタッと寝るだけです。体力が残っていたらメインバーでウイスキーを飲むなりシガーを楽しむなり勝手に盛り上がれば良いのです。

大人になった私達は顔見知りのフレンチレストランを1,2件は持ち、いざという時にスマートに使えるようにしておくべきなのです。

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1989年 静岡市出身。主な執筆分野:ライフスタイル、旅行、料理、お酒。