Camille Pissarro, Le Jardin des Tuileries, matinée de printemps, temps gris.

訳者まえがき

Paul Verlaine

とある高名な仏文学者に聞いた話では、ヴェルレーヌを専門とする研究者は意外に少ないらしい。マラルメやランボーと並び称されるこの大詩人に専門家が付かない理由は、氏いわく後期の作品群にある。ある作家を専門的に研究する場合、何よりもまず行わなければならないことは、その作家が残した全作品を読破することである。ところが『知恵Sagesse』以後のヴェルレーヌの作品は――「詩法Art poé­ti­que」のような稀有な例外を除けば――おしなべて出来が悪く、しかも量だけはやたらに多い。金に困った詩人は売文屋に堕し、不出来な詩句を量産していたのである。ヴェルレーヌを専門としようとする者の大半は、退屈な詩句の山に気を挫かれ、研究対象を他に移すという。

金のために駄作を乱発した晩年の詩人を、我々は蔑むべきだろうか。大衆社会において、優れた文学は必ずしも富を生まない。審美眼を持たない読者が大半である以上、詩集の売れ行きを左右するのは、内容ではなく宣伝である。「ヴェルレーヌ」という名が表紙に印刷されていること自体が、商品としての書物の価値を決定づける。詩人の堕落は、社会の堕落の反映にほかならなかった。

レミ・ド・グールモンは、晩年の彼を知ったうえで、それでもなおこの詩人を、文学史に刻むべき大詩人とみなしている。放蕩者の彼を悪く言う向きも当時はあったようだが、『仮面の書』の著者は、同時代人の罵倒程度ではびくともしない永遠の魅力をこの詩人に認めている。短文ではあるが、著者の温かい愛情が感じられる肖像である。

ポール・ヴェルレーヌ

ガストン・ボワシエ氏1)は、50代の詩人に冠を授けるにあたり2)(感動的な風習である)、革新的でなく、ありふれた着想を平易な文体で表現し、フランス詩法の伝統的な諸規則に従ってきたとして、この詩人を称賛した。革新者を無視して文学史を編むことはできないのだろうか。そうなれば、ロンサールはポンテュス・ド・ティヤール3)に、コルネイユはその弟に4)、ラシーヌはカンピストロン5)に、ラマルチーヌはド・ラプラード氏6)に、ヴィクトル・ユゴーはポンサール氏7)に、そしてヴェルレーヌはエカール氏8)に置き換えられよう。そうなれば文学史は、より人々を勇気づける、より学者好みで、おそらくはより上流階級向けのものとなろう。なぜならフランスでは、天才はいつもどこか滑稽なものとされるからである。

1) ガストン・ボワシエ(1823-1908):古典学者。アカデミー・フランセーズ終身書記。
2) 1894年、ヴェルレーヌが詩王prince des poètesに叙せられた際の出来事である。
3) ポンテュス・ド・ティヤール(1521-1605):ロンサールと同じプレイヤッド派の詩人。
4) トマ・コルネイユ(1625-1709):劇作家。ピエール・コルネイユの弟。
5) ジャン・ガルベール・ド・カンピストロン(1656-1723):劇作家。ラシーヌの弟子。
6) ヴィクトル・ド・ラプラード(1812-1883):詩人・政治家。
7) フランソワ・ポンサール(1814-1867):詩人・劇作家。
8) ジャン・エカール(1848-1921):詩人・小説家。

ヴェルレーヌとはひとつの自然であり、それゆえ彼は定義しがたい。彼が好む韻律は、その人生と同じように、折れ曲がり弧を描く線である。彼はロマン派的詩句をばらばらに砕ききり、不定形にし、ほどいて穴をあけ、そこに沢山のものを、狂った頭から湧き出るあらゆる興奮を、思うがままに詰め込もうとした。彼は意図せずして自由詩の推進者のひとりとなった。送り語や偶発事、挿入句を備えたヴェルレーヌの詩句は、自由詩になってしかるべきであった。「自由」になるにあたり、彼はただひとつの状態を調整しただけである。

才能もなければ意図したわけでもなかったが、ヴェルレーヌほど見事に、人間という動物の純粋かつ素朴な神髄を、言葉の天分と涙の天分という2つの人間的形式のもとに表現した者はいない。

言葉の才が彼を見捨て、同時に涙の才が彼から取り上げられた以上、彼は喧しく無礼な『罵詈雑言Invectives』の詩人となるか、さもなくば『〈彼女〉のための歌Chansons pour Elle』の取るに足らない不器用な哀歌詩人となるかである。彼は、天賦の才そのものにより詩人である。幸運にも、彼には愛を語る才能しかない。彼はありとあらゆる愛を語ったが、その最初のものは、穢れを清めるドレスの星々に、夢の中でしかその唇が傾ぐことのない愛であった。『女友達Amies』を生んだのと同じ愛が、聖母月の讃美歌を生んだ。これらを生んだのは同じ心、同じ手、同じ才能であった。だが一体誰がそれらの詩を歌うだろうか、おお偽善者どもめ! かつて白い服に身を包み、白いヴェールを被っていた、あの〈女友達〉当人らを除いては。

行いの罪であれ夢の罪であれ、それを白状するのは罪にはならない。いかなる公的な告白も、ひとの顰蹙を買うことはない。なぜならあらゆる人は似たり寄ったりであり、同じように心惑わされるのだから。兄弟になしえない罪を犯す者などいない。宗教紙やアカデミーの雑誌は、まだ栄華の下にあったころのヴェルレーヌを罵倒する恥を背負ったが、無駄であった。狂信者や半可通が食らわした足蹴は、花崗岩でできた台座に当たって砕けた。その一方でヴェルレーヌは、大理石の髭にくるまり、鐘が鳴るのを聞いている牧神といった様子で、永遠に向かい笑みを浮かべていた。

底本:Remy de Gourmont, Le Livre des masques : portraits symbolistes, Mercure de France, 3e éd., 1896, pp. 251-253.


目次

III. アンリ・ド・レニエ
VI. アルベール・サマン
X. ヴィリエ・ド・リラダン
XXVIII. ロベール・ド・モンテスキュー
XXX. ポール・ヴェルレーヌ

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