動物的な友人――ドガ《マネとマネ夫人像》

上野にある国立西洋美術館では、現在松方コレクション展が開催されています。修復された《睡蓮、柳の反映》の公開が話題を呼んでいますが、この企画展にはもうひとつ、著しく破損した絵画が展示されています。

Edgar Degas, Monsieur et Madame Édouard Manet

エドガール・ドガ《マネとマネ夫人像》です。とある事情により、この絵画は右から1/4ほどが欠損しており、夫人の半身が失われています。同時期に制作されたマネの絵画と照らし合わせると、どうやら彼女はピアノを弾いているようです。

Édouard Manet, Madame Manet au piano

それぞれの所蔵美術館によれば、《ピアノを弾くマネ夫人》が描かれたのは1868年、《マネとマネ夫人像》は1868-69年です。どちらが先に描かれたのかは判然としませんが、いずれにせよこの2つの作品は、偶然の一致というにはあまりに似過ぎています。おそらく、一方は他方に基づいて制作されたのでしょう。もちろん、一方が他方をまねて描かれたとしても、だからといってドガの絵に描かれた夫人が、マネのそれと同様にピアノを弾いているとは限りません。しかし、腕の形からして彼女が前方にある何かに触れているのは明らかであり、また水色のドレスの後ろに見える黒いものは、マネが描いたのと同じピアノ椅子と思われます。もっとも、スカートの見え方から、彼女は一見立っているように思われるかもしれませんが、この作品において遠近法は正しく適用されていないうえ、衣服の襞をよく見ると、彼女の脚が曲がっていることが分かります。おそらくドガの作品においても、マネ夫人は座ってピアノを弾いているのでしょう。

一方、妻の演奏を聴くエドゥアール・マネは、ソファにふんぞり返り、頬杖をつき、不躾にも片足を椅子に乗せ、「大芸術家である俺様が素人のピアノを聴いてやっているんだぞ、ありがたく思え」と言わんばかりの尊大な態度をとっています。多少なりともこの画家を知っている者であれば思わず吹き出してしまうほど、彼の性格を的確に表したポーズです。《草上の昼食》や《オランピア》で世間を騒がせた画家の肖像は、やはりこうでなければいけません。ただし、彼の目に注目してみましょう。マネの視線は夫人から外れ、何もない空間を、ただぼんやりと眺めています。おそらく、はじめは面倒くさがりながらも妻の演奏を聞いていたのでしょう。しかし次第に彼の注意は夫人を離れ、今や画家は夢想に耽っているようです。

音楽の才がある夫人と気難しい芸術家の日常風景――微笑ましいこの作品を切り裂いたのは、他ならぬエドゥアール・マネ本人でした。

絵画切り裂き事件

画商アンブロワーズ・ヴォラールは、この絵画の破損に関するドガの証言を書き留めています。

私はある日、彼の家で、壁に掛けられた彼の絵のうちに、ソファに座った男と、その側にひとりの女が描かれた一枚を認めた。描かれたその女は縦に真二つに切り裂かれていた。
私「誰がこの絵を切ったのですか。」
ドガ「なんとそれをやったのはマネなのです! 彼はマネ夫人の描き方が下手だと思ったようです。いやはや…… 私はマネ夫人を『復元』してみようと思います。マネの家で、変わり果てた自分の習作を見たときのショックといったら…… 私はさよならも言わずに自分の絵を持って彼の家を去りました。自宅に着くや、以前彼から貰った小さな静物画を壁から外し、こんな手紙を書きました。『ムッシュー、あなたの《プラム》をお返しします』と。」
私「でもあなたはマネと仲直りしましたよね……」
ドガ「どうしてマネと仲違いしたままでいられましょうか。ただ、彼はもう〈プラム〉を売ってしまっていました。あの小さな絵がなんと愛おしかったことか! 先ほど言ったように、私はマネ夫人を『復元』して、彼に返そうと思います。しかし、また明日、また明日と先延ばしにしてきたために、未だこの有様です……」
私「マネはドラクロワやアングルの作品でも切り裂いたでしょうか。」
ドガ「そうですね、ドラクロワでもアングルでも、彼ならやりかねません、あの動物め! でも、もし彼が彼らの作品を切り裂いたら、私はもう二度と彼とは会わないでしょう。」

Ambroise Vollard, En écoutant Cézanne, Degas, Renoir, Paris, Bernard Grasset, 1938, pp. 125-126.

ドガによれば、彼はまずプラムの静物画と交換でマネに件の肖像画を贈りました。しかし、後日彼がマネの家を訪れたとき、《マネとマネ夫人像》は破かれていました。マネはその理由を、夫人の描き方が下手だったからと述べたそうです。

以上から、この絵が切り裂かれた経緯について、いくつかの仮説が立てられます。第一に、ドガが語ったことを文字どおりに受け取り、マネがドガの作品の欠点が目に付くあまり、その絵画を破いたとする説です。既に自分が描いた、自分なりに満足のいく出来のマネ夫人像と比べると、同じ構図で描かれたドガの作品には、マネには納得できない箇所があったのかもしれません。ドガから絵を受け取った時点では作品の出来に満足していたか、あるいは欠点が目についてもそれに耐えていたものの、日々この不出来な類似品を目にするうちに、不満が募り、ある日とうとうマネはドガの作品を破ってしまった――そのような可能性も十分に考えられます。しかし、ドガの言説、とりわけ彼が語るマネの釈明が、必ずしも真実を述べているとは限りません。夫人の描き方が気にくわなかったと説明したマネは、本当は別の理由でこの絵画を破ったのかもしれません。

第二の仮説は、破損の原因をマネ夫妻の不仲に求める解釈です。マネは恋多き画家でしたが、ちょうど1868年、《マネとマネ夫人像》が描かれた同年ないし前年に、彼はベルト・モリゾと出会っていました。2人の親密な関係が、夫妻の間に亀裂をもたらした可能性は少なくありません。おそらく夫婦喧嘩も起こったことでしょう。もしかすると、マネが肖像画を破ったのは、そのような諍いの過程でのことであり、妻の描き方が下手だったからというのは、その言い訳に過ぎないのかもしれません。

Édouard Manet, Berthe Morisot au bouquet de violettes

さらに、当時のマネが置かれていたこのような状況を踏まえて再び作品に目を向けると、第三の仮説が浮かび上がってきます。画家の真意は分かりませんが、見方によっては、この絵画はマネ夫妻の不仲を描いているとも解釈できるのです。芸術家とその妻ないし恋人を描いた絵画において、一般に女性は男性にとってのミューズとして描かれるものです。ところが、先述のとおり、この作品においてマネは妻のピアノにうんざりしているように見えます。少なくとも表面的には、この夫婦の間にはラファエロとフォルナリーナの親密さはみられず、その代わり、長く続いた結婚生活の倦怠が認められます。かつてはマネにも、妻の奏でるピアノに夢中になった時期があったことでしょう。しかし年月は愛を弛緩させ、いまや妻の演奏は夫を退屈させるばかりです。音楽に飽きて夢想に耽る画家が夢見ているのは、新しい恋人、ベルト・モリゾなのかもしれません。もしマネがこの作品をこのように解釈したとすれば、彼は、図星を突かれたために、あるいは妻への愛を証明するために、この作品を傷つけたのかもしれません。もっとも、そうであれば破くべきは妻ではなく自身の肖像のはずですが、確かにこの絵に描かれたマネは、破るのを躊躇させるほど見事な出来栄えです。

切り裂かれた経緯がどのようなものであれ、この絵画は、残された左側だけでも十分に魅力的です。失われた右側に思いを馳せるのも悪くはありませんが、今度は左側について考察を深めましょう。

動物へのまなざし

右端の欠損を別とすれば、この絵画で最も目を引くのは、行儀の悪いマネの姿態、とりわけ彼の右足でしょう。おそらく、この作品におけるドガの独自性は、この高慢な友人の描き方にあります。

ポール・ヴァレリーは、ドガをめぐるエッセイ集『ドガ・ダンス・デッサン』の中で、この画家独特の「物まねをするようなものの見方manière mimique de voir」を指摘しています1)。画家と個人的な付き合いのあったこの詩人によれば、ドガには、他人の身振りをまねしてからかう、意地の悪い趣味があったようです。ヴァレリーは、画家のこのような嗜好が彼の絵画にも反映されていると指摘します。すなわち、ドガは、特徴的な姿勢をとる女性たちの奇妙な身体を、揶揄を込めて再現することに喜びを感じていたというのです。

1) Paul Valéry, Degas Danse Dessin, dans Œuvres, 3 t., Michel Jarrety (dir.), Paris, LGF, coll.« Livre de Poche », 2016, t. 2, p. 544.

Edgar Degas, Deux danseuses

このように画家が女性を描くことを、ヴァレリーは「特殊化された、女という動物を再構成することreconstruire l’animal féminin spécialisé」と表現しました2)。「女という動物」という表現は詩人の独創ですが、確かにドガは女性を女性として、すなわち男性を魅了しうる美しい他者として、美化して描いているというよりは、例えば彼の大好きな馬を描くときのように、モデルをひとつの身体として捉え、その形を再現するように描いているように思われます。もっとも彼が全く冷徹に、感情を一切交えず女性たちを描いたわけではありません。例えばあのあくびをする洗濯女は実に微笑ましく描かれており、微かな悪戯心の混じった、画家の穏やかな愛情が透けて見えます。

2) Ibid., p. 544.

Edgar Degas, Repasseuses

思わずまねをしたくなるような大あくび――彼女の間抜けた表情は、決して美しいものではありませんが、ユーモラスで、親しみが持てるものです。そもそも身振りをまねること自体、相手への愛着と揶揄の両方を前提とする行為ではないでしょうか。確かにドガは女性を美化しませんし、またしばしば指摘されるように、彼には女嫌いな側面もあったようですが、だからといって彼がモデルに親しみを覚えていなかったわけではないのです。

このように、ドガは女をひとつの身体として捉え、まるでその身振りをまねるかのように、美化よりは動作の正確な再現を重視して描き、ヴァレリーはそのような画家のまなざしに晒された女たちを「動物」と表現したのでした。ところで興味深いのが、先に引用した文章において、ドガがマネを「あの動物めl’animal」と罵っていたことです。ドガがこの言葉を発したのは、絵画を破るマネの野蛮さを非難してのことでしたが、同様の野蛮さは、破かれたドガの作品にも、あの不作法な姿勢により描き込まれているように思われます。おそらくドガは、この絵画を描くとき、既にマネを「動物」とみなしていたのです。また、軽蔑すべき身振りが揶揄を込めて描かれたこの絵画には、ヴァレリーのいう「物まねをするようなものの見方」が反映されているように思われます。頬杖をつき、片足をソファに上げた特徴的なこの姿勢を、彼はきっと、ちょうど既に言及した洗濯女の絵と同様の、愛情の混じった揶揄を込めて、まるで身振りをまねてこの友人をからかうかのようにして描いたのでしょう。この作品に描かれたマネは、ただ野蛮であるという意味において「動物」であるだけでなく、キャンバスに再構築すべき特徴的な身体であるという意味でもまた「動物」なのです。

おわりに――猛獣の爪痕

ドガはマネを、友人としての親しみと、彼の粗暴さに対する揶揄を込めて描きました。このことを踏まえ、改めて《マネとマネ夫人像》を見ると、破られた右側が、逆説的にも必要不可欠な欠損であるように思われてきます。なぜならその破損は、マネの獣性の証に他ならないからです。マネ夫妻を描いたこの肖像画は、夫の気まぐれにより破かれ、妻の半身が失われてしまいましたが、却ってその行為によりこの絵画には夫の野蛮さが刻印され、図らずも優れたエドゥアール・マネの肖像となったのです。先に引用した対話において、ドガはこの作品を修復する意向を述べていましたが、結局、彼が破られた部分を描きなおすことはありませんでした。もしかするとドガ自身、偶然がもたらしたこの幸運な改変、〈動物〉が残したこの爪痕が、結果的に気に入っていたのかもしれません。

松方コレクション展は、国立西洋美術館にて9月23日まで開催されています。ぜひ足をお運びいただき、実物をご覧になってください。

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