手軽にナポリ仕立てを味わいたならOrazio Lucianoのセールがおすすめ

まだらの牛

一年に数回物欲の波が押し寄せてきます。その波が押し寄せてこない間は欲しいものなどほとんどなく、毎日ジャガイモ袋を着て、安いピルスナーを飲み、何も考えないで、あるいは高尚な文学作品のことでも考えるふりをして、充実した時を過ごせるのですが、ひとたびそいつがやってくると時間はインターネットで各種情報を漁ることに無為に費やされ、ついには空無を呪いながら、そこから逃れだす手段は買いまくるしかないということを経験上悟りながら、あれを買い、これを買い、ネット上でクリックをしまくることになります。

残念ながらこんなことをしていても偉大な哲学者にもなれませんし、ステキなスーツを着ていても路上で可愛い猫が目をハートマークにして寄って来てくれるということもありません。中途半端なナポリ仕立てだとか手縫いのスーツやシャツのディティールの知識が身につくだけです。しかしそれでも人をこうした消費行動に駆り立てるのはどうしてなのでしょうか。

私はたびたびこう自分に言い訳します。これはとりあえず自分のワードローブが正しく充実するまでのことだと。あのシャツのフィットは甘いし、あのジャケットの袖丈は長すぎる。あのトラウザーズのウェストは余裕がありすぎて、着心地が悪い。あのジャケットの色合いは他の服に合わせにくい。

人はつねに自分のワードローブに不満を抱えているものです。フィット、色合い、デザイン、どれもこれも入念に各ブランドやメーカーが考え抜いているはずですが、一個の顧客の望むところがどれほど大きいことでしょう。かくして顧客はどこまでいっても満足せず、最終的にはビスポークならば最適の着心地と自分の望むデザインが手に入るはずだと考え、時には向う見ずに、時には計画性をもって大枚をはたきます。

しかしビスポークは単にお金があればできるというわけではありません。仕立て屋に行き、採寸してもらい、仮縫いをし、といった数か月から時には一年以上もかかる時間を我慢しなければならないのです。一度その仕立て屋に行き、すでにその出来栄えやデザインセンスに満足していればいいですが、そうでなければそれほど手間をかけられません。われわれは他に山ほどやることがあるのです(きっと)。物を購入するのにそれほど時間をかけていられるでしょうか。ぱっと注文し、ぱっとその商品が目の前にある。それが理想ではないでしょうか。

偉大なインターネットのおかげでその世界は近づいてきました。スーツをネットで買うのは怖い? しかし店舗で試着するといっても、店員との会話や、その時の気分など、様々な要素が影響して、あまり合わない服を買ってしまうということは容易に起こります。ネット上では自分で熟慮する時間があるため、かえって賢い選択ができるということもあります。

たとえば、スーツではないですが、筆者は数年前にパリの直営店でJ.M. Westonのかの有名なローファーをさんざん試着したあげく買ったことがあります。背の高い、差し出がましいフレンドリーさはないですが、必要十分なサービスをしてくれた陰気な顔つきのハンサムな男の店員ははじめに私の足をはかり、次々に該当サイズのローファーを出してきて、私が店内を歩くのを見て、フィットについてアドヴァイスをして、十分納得して買ったはずですが、帰国後、それはいつまでたってもフィットしませんでした。左足はちょうどよくフィットするのですが、そちらより長い右足が、寸詰まり感が抜けず、それでいて踵は抜けるという残念なフィッティングでした。ローファーは紐で調整が効かない分、サイズの選択が難しいのですが、店で十分に試着しても結局手放すことになることもあるのです(そのローファーは私の兄の手に渡りました)。

こう考えて行くと、既製品を買う場合は一日そこで試着させてもらえるわけでもない限り、店で試着して買おうが、ネットで買おうが冒険であることには変わらないのです。丁寧な店はサイズの詳細を載せていますし、自分の実寸や合う服のサイズを図りながらじっくり眺めて行けば、ネットで買うのも実店舗で買うのも、どちらに利点がよりあるかというと一概には言えません。

前置きがかなり長くなりました、この記事はオラツィオ・ルチアーノ(Orazio Luciano)についての紹介記事なのでした。

オラツィオ・ルチアーノはイタリアのナポリのブランドです。1992年に同名の人物によって創設されました。オラツィオ・ルチアーノは長くキートンで働いたあと、このブランドを立ち上げ、その息子ピノ・ルチアーノ(Pino Luciano)が加わったあと、国際的な飛躍を遂げました。ブランドの正式名はOrazio Luciano – La Vera Sartoria Napoletana、「本当のナポリ仕立て」という矜持がそこにあります。

このオラツィオ・ルチアーノ、現在既製品が充実しており、公式サイトのオンラインショップでラインアップを見ることができます。言語も英語なので安心です。さらに、結構な頻度でセールをやっているのです。この記事を書いているちょうど今(2020/8/23)、Summer SaleとArchive Saleの真っ最中です。

どうしてこのブランドが手軽にナポリ仕立てを味わえるかといったら、このセールがあるからです。正規価格ではコートは3000ユーロ(37-8万、2020/8現在)、スーツは2600ユーロ(32-33万、2020/8現在)ほど。それがアーカイブセールなら半額です。そして500ユーロ以上の買い物なら世界中送料無料。スーツは試着なしでは怖いという人でも、1300ユーロほどで本格的なナポリ仕立てが手に入ると思えば試してみたくなるのではないでしょうか。一度もこのブランドを着たことがなくても、詳細なサイズ表が記載されていますので、手持ちのものとの比較などによって入念に検討することができます。

しかしとはいえ、スーツのサイズ選びは難しい。私自身、昨年のアーカイブセールでここのスーツを一着、ホーランドアンドシェリー(Holland & Sherry)の灰色と茶色のウィンドーペーン柄のものを手に入れたのですが、どうやらワンサイズ大きかったようです。太ったり痩せたりと体型の変化が激しく、ここ最近は筋トレもしてないためかなり痩せてしまっていたのですが、そのことを自分ではっきりと自覚しておらず、恐らくサイズ50が正解なのに、52を選んでしまいました。

ぴったりとくるサイズの手持ちのものと比較してみれば、胴の生地の余りが気になります。また肩ももっとぴったりとしていたほうがかえって動きやすそうです。トラウザーズはベルトがないタイプだったため、ウェストの高い所ではフィットせず、腰骨の辺りまで落ちてしまうため落ち着きません。いつかサイズ直しをしなければ。

サイズ選びは失敗しましたが、しかし仕立てということでいえば、スパラ・カミーチャ(*spalla camicia)やふんだんな手縫い、大きめのラペルなど、ナポリ仕立てということで人がイメージする要素にどんぴしゃで合致してくれます。手縫いの割合はすさまじく、特にジャケットにおいては袖付けはもちろんのこと、肩線、少し膨らんだ上衿と下襟の生地に刺された点々とした可愛らしいステッチ、裏地の縫い付け、背負い線、袖の裏地の下手に引っ張るとすぐに破けてしまう縫い付け、もちろんボタンホールなどなど、逆に言えば見えるステッチの中でミシンステッチを見つけるのが困難なほどです。トラウザーズもこれ見よがしの手縫いのステッチを存分に楽しむことが出来ます。

*日本語ではマニカ・カミーチャ(manica camicia)またはシャツ袖や雨振り/らし袖というのが一般的だと思いますが、少なくとも英語圏ではspalla camiciaの方が通用しているようです。オラツィオ・ルチアーノのサイトでも(言語は英語です)こちらで載っていました。manicaは袖、spallaは肩という意味です。


正直強度が弱く、時には小鳥を扱っているような気分にもなりますが、こうした手仕事の割合の多さは少なくとも何に金を出しているのか明確に意識することができ、その意味では決して高い買い物ではないと思うことができます。一着作るのに25時間くらいかかるそうですが(ソースはPauw)、それだけの技術と時間はやはり定価の2600ユーロが相応しいでしょう。生地代、機械の購入費やメンテナンス費、人件費、宣伝費、などもろもろ加味すれば定価でも作り手はそれほど儲かっていないのではないかと考えてしまいます。

ですのでナポリ仕立ての価値を高く評価する人は支援の意味もこめてぜひ定価で買いましょう。筆者のようなケチな貧乏人は市場の原理につけこんで、セールで買いましょう。

最後に、素晴らしい手仕事のなせる業の結晶なのですが、一流のナポリ仕立てのスーツを買ったからといって、超ハッピーになれるわけではありません。人は時々高価な物を買えば幸せになれると錯覚しがちですが、その道のりは虚しさももたらします。時には人は過剰にモノに期待をします。ある意味、モノが自分の理想のアバター、自分をアップグレードしてくれる存在、スーツの場合では「第二の皮膚」であれかしと、過剰な期待をするものです。最高の生地、最高の縫製、最高のフィッティング、すなわちビスポークと進むのもよいですが、果たしてそれで本当に満足できるものでしょうか。「モノ」を愛する人ほどこうした罠に陥って、いつまでたっても満足されない物欲に虚しさを覚えるものです。

でもそうした虚しさを得るのも、とにかく買ってからのことです。それに人生の早い段階で買えばそれだけその品物と長く付き合うことが出来るのです。モノを買ってもいつまでたっても幸せにはなれませんが、それは買わなくても同じこと。なら何かを経験したいと思うかどうか。好奇心が抑えられない人は欲しいと思うものをいずれ買ってしまいます。

Orazio Luciano

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