酒と恋と香水

「オリヴィエ・クリスプが好きなんです」
意識をすれば別のブランドからでも、同じ調香師の作品を見つけられると、彼は教えてくれた。
確かに言わんとすることは分からなくはない、でも腑に落ちない。私だったら「ティエリー・ワッサーのHomme Idéal(ロムイデアル)が好き」と言うからだ。作者の前に作品が来ることはあっても、その逆では意思が弱い。
彼は好きな香水が決まっていないから、漠然と調香師の傾向で表現したのだと思った。

この5年来の友人は優れた嗅覚と味覚を持っているけれど、後天的なものでなく天性としか言えないほどだった。香水どころか、中国茶からブルゴーニュのボーヌロマネまで、香りと名がつくものなら片っ端から試す好奇心の強い男の子だった。

そんな彼が慌てて私の元に相談に来たけれど、何のことは無い若き恋の悩みで、一方の私の方は三十路も良いところで、最早抜栓して三日経ったサン・テステフのような心持ちだったので彼の悩みを聞くことにした。
聞いたは良いものの余計な老婆心が湧き上がるのも三十路の特徴で、彼はまだ二回しか会ったことの無い大学休学フリーターの女性と同棲をしようと画策しているらしい。それも大学を休学してまでして。それどころか、その大学の受験さえうまくいくか危ういと言っている。
これはもう会うのは止めた方がいいと。勿論その彼女から指を切った血痕が床に飛び散っている写真が送られて来るだとか、死にたいならいっそ殺してあげましょうか、だとか中学生の内に卒業しておいた方が良い恥ずかしい痴話の数々を別としても、曲がりなりにも大人の私が口を挟んだ方が良いような状況に見えた。

恋というのは当人達が向き合ってしまったら最後、親や友人でも誰も止めることができないのは古今東西の常だけど、それが若い男女なら尚更。障壁はあればあるほど燃えてしまい、私が真剣に別れた方が良い100の理由を説明しても、逆に汽車に薪をくべるようなものだ。それでも物事にはタイミングがあり、引き止められた彼らが再会を果たし一度目のキスをしてからでは遅いのだ、手遅れになる前に止めるのが大人の義務だ。私だって若かりし頃は親や年上からのアドバイスは余計なお世話だと怪訝に思ったものの、いざ立場が変わると言葉にしてしまうのはつまらない正論ばかりだ。

きっと彼は数カ月後にこう思うだろう。「言われた通りだった」
しかし素直に私のアドバイスに従ったとしても納得のいかない結果となるはずだ。蜜のように甘い声で電話を掛けてくるメンヘラに恋した瞬間に終わっているのだ。後は惰性でバッドエンドまでのストーリーを見るしか無い。それも古臭く決まりきった定型的な捻りのないバッドエンドを。
私はあの手この手でメンヘラと同棲するデメリットをプレゼンテーションしたがやはり効果は無かった。車に詰め込んで親元に強制的につれていくことはしなかった。彼は友人であるし一応大人だから意思は尊重するべきだ。

地獄に向かって旅立つ友に向かって私は何一つできることはなかった。しかし彼もまた私が強く引き止めて来るだろうと分かりつつも訪ねて来たのだ。明日は大学の受験日、彼はラインで「今から会おう」とメンヘラに送信した。彼が玄関に立つとき、私は飲みかけの昔のグレンモーレンジを手渡し黙って見送った。

その優しい口づけを急ぐなかれ

在り、かつ在らざることの心地よさ、

何故なら 私はあなたへの期待で生き、

心の動悸は あなたの足音にほかならなかったのだから。

(ポール・ヴァレリー 「足音Les Pas」)

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