以前、大人になれる本に投稿した「シルバーカトラリーの選び方」の続編を書いてみたいと思います。

食卓で使われるナイフやフォーク、スプーンなどはカトラリー(Cutlery)と呼ばれ、現代はどの家庭でも使われています。歴史を辿ると日本・中国といったアジア諸国では、5世紀頃から食事に器と箸を用いる文化がありましたが、ヨーロッパ諸国では中世までテーブルに直接置いて手づかみで食べるという行為が当たり前でした。
カトラリーは16世紀初頭にイタリアに生まれ、その後ドイツ、フランス、オランダに伝えられ、フランス宮廷やブルジョワ階級の中でこよなく愛されて来ました。肉を取り分けるするようなサービングフォーク&ナイフは存在しましたが、テーブルに窪みがあり、そこに切り分けた肉を入れて手づかみで食べるような野蛮な食べ方であったといわれています。

20世紀に入り、日本にも洋食の文化が根付くと欧米で用いられていたカトラリーが輸入されるようになりました。国産では1910年代に新潟の燕で手作業によるステンレス・カトラリーが作られるようになりました。1914年(大正3年)には燕洋食器工業組合が設立され、以後燕市が国内の95%を生産しています。
近年は中国製の廉価なステンレスカトラリーが流通するようになりましたが、フランスを始めとするヨーロッパの高級な銀のカトラリーも少数ではありますがシェアを持ち、百貨店などで販売されています。

しばしば銀のカトラリーが、ヨーロッパの貴族に愛されてきた理由として毒殺防止、つまり青酸カリやヒ素化合物などの毒を盛られた時に変色してすぐに分かるから、などと説明されることがあります。それは理由の一つに過ぎず、実際には銀に反応しない毒物も存在したそうです。もっぱら銀の独特の風合いと質感、造形の美しさによって愛されてきたといえます。「シルバーカトラリーの選び方

カトラリーは「スターリングシルバー(純銀)」「シルバープレート(洋銀及びメッキ)」「ステンレス」と大まかに3つに分かれていますが、それだけではなく、銀の含有率と混ぜている割り金(製品強度を上げるための金属)によっても色合いや強度が異なります。
シルバープレートの場合は地金になる素材によって重量や強度が異なりますし、製造された時代によっても造形に変化があります。ステンレスも18-8などSUS(Steel Special Use Stainless)規格によって品位が異なり、クロムとニッケルの配合率によって色合いも変化します。このように一概に素材だけで選べば良いといえないのがカトラリー選びの難しいところです。


この写真に並んでいるシルバーカトラリーは、旧はっしー邸で撮影したものですが、R氏に依頼されて使いやすいアンティーク・シルバーを発掘しているところです。イギリスのシルバーを中心として、マザー・オブ・パール(白蝶貝)、ウッドハンドル、プラスティックハンドルなど様々な種類を取り寄せしています。その他にもフランスのクリストフルのカトラリーも含めて比較を行いました。

以前の記事では、「純銀の24ピースや33ピース(6客用)のディナーセットをまとめて購入するのがお勧めです」と指南しました。ですが実際に様々なカトラリーを使って思ったのは一度、2客セットで試した方が良いということです。
家政婦や使用人がいるなら話が別ですが、普通の家庭では奥さんか旦那さんが料理をして、家族で食事をして、誰かが食器洗いをするものです。サーブをしてくれる人がいないのであれば、途中でカトラリーを交換することが無いということです。

つまり、何が言いたいかというと必ずしもフルセットが必要ではなく、フォークとナイフ、スプーンが各1本ずつあれば充分ということなのです。それだけでなく、使う人の体格も考慮する必要があります。

市販されているディナー用のテーブルスプーンやテーブルフォークは約21センチあり、重さも2本で260gあるのです。自宅のダイニングテーブルが、レオナルドの最後の晩餐のように12人掛けであるなら適切ですが、2~4人掛けの小さなテーブルで使うには大きすぎます。そして21センチというのはディーナープレート用の27cm皿に合わせて作られています。
家庭料理で27cmを一人ずつ提供するのは、あまり一般的で無いことを考えると、17cmほどのフィッシュフォークやサラダフォークを使う方が現実的といえます。さらにヨーローッパの男性の体格が大きく、たとえばドイツ人男性など日本の成人男性の2倍とも思える体格の人が多くいます。そうなると日本の小柄な男性ならサラダフォーク、小柄な女性ならデザートフォーク程度のコンパクトなものを使う方がスマートといえるのではないでしょうか。
重量も1本100gを越えると腕が疲れてしまうという難点があります。とはいえ鋭い刃付けのクリストフルのディナーナイフは重量があるので、肉に刃を当てるだけでサッと切れるという気持ちよさはあります。このあたりの選択は悩ましいところです。

また、格式を重視するのであれば、カトラリーをフルピースで揃えておくのも良いことです。家に客人が来たり、家族の誕生日をお祝いする時なんかも、ディナープレートとディナーフォークなど揃っていると様になります。
そのような理由から、いきなりフルピースで揃えるのではなく2本ずつ買うという選択肢も正しいといえそうです。

他にも初心者から中級者が陥りやすいミスは、新品が一番良いと思い込むことです。
ヘルメース神が泉から出てきて「あなたが欲しいのは、新品のクリストフルですか?それとも30年前のクリストフルですか?」と聞かれたらどう答えますか?
私なら迷わずに30年前の中古のクリストフルと答えます。これには訳があって、実際に現在製造されているクリストフルよりも昔の物の方が仕上がりが美しいのです。シリーズによっても異なり、パールシリーズなどシンプルなデザインであれば差は少ないのですが、リュバン(フランス語でリボン)シリーズは、ハンドルの後ろ部分にリボンが付いているのですが、これが現行品では僅かに型抜きされている程度なのです。それと比べると30年前のリュバンは、あとから彫刻したリボンを付けたのではないのか、と思えるほどにくっきりとエンボス加工が施されて立体的な造形となっています。
昔と比べて原料費や人件費が高騰するなかで、過去のような時間や手間が掛かる製法は維持できないということかもしれません。ジャンルは少し違いますが、ウェッジウッドのフロレンティーン・ターコイズも1990年代までは筆で一つずつ塗りりあげて、一枚完成するのに数時間なんてこともザラでしたが、現行品はプリント転写に変更されてしまったのです。プリント転写であれば、ものの数分で貼り付けが完了することでしょう。ここまで大きな劣化は無いのですが、やはり同じシリーズを過去のものと比較するとその差は歴然です。

最後に読者が気になるのは「白蝶貝はどうなの?」という点でしょう。白蝶貝は特別な日のために隠しておいた方がよいということです。なんならフォーク、ナイフ、スプーン1本だけでも足りるかもしれません。
男性であれば、女の子が家に遊びに来てケーキを食べる時にさりげなく、女性であれば仲の良い友達が来たときに、さり気なく差をつける。またインスタ映えで、こっそりマウンティングを取る。そんな風にゲストに出す”一発芸”として持っていると活躍しそうです。

なぜ自分で使わないかというと、この白蝶貝は天然材料のため酢やレモンなど触れると痛みの原因となりますし、日常的に使っていると汚れやザラつきなど、とにかく手入れが大変なのです。真珠・パール磨きなどを用いれば汚れが取れるかもしれませんが、食べ物と隣り合わせに宝飾品があるというのは、贅沢でもあり実用品でないということですね。

カトラリーの選び方続編、いかがでしたでしょうか。どのカトラリーも一長一短で、これがあれば万能というものではありません。なんなら私のマイブームは木のスプーンで、ヨーグルトやスープなどオールマイティにつかえて、口当たりも優しいので北欧風にヒュッゲを楽しんでいます。疲れているときにはスターリングシルバーであっても金属のスプーンは口当たりが悪いのです。
そんな訳で参考にしてみて下さいね。

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1989年 静岡市出身。主な執筆分野:ライフスタイル、旅行、料理、お酒。