ルネサンス人たちの病を考察する研究さまざま

cucciola

リナシメント読者のみなさま、はじめまして。
今月から連載させていただきますcucciolaと申します。イタリアの歴史や美術に魅かれてこの国にやってきたのが20年ほど前、今はローマ近郊の山の街に暮らしています。
古代ローマから中世、ルネサンス時代の書籍の収集が趣味で、本の重さでたわんだ書棚を眺めて悦に入っております。愉しい歴史や美術ののエピソードを、少しずつご紹介できればと思っています。

ところで今年、2021年はイタリア語の父と呼ばれるダンテの700年忌です。
イタリアでは、コロナ禍にあってもダンテの記念の年として文化財・文化活動省が主導し、さまざまなイベントが開催される予定と伝えられています。
そのダンテ、数年前にボローニャ大学の研究で睡眠障害であった可能性が発表されて話題になりました。
イタリアでは、残された文献や芸術作品からルネサンス人の宿痾の病が明らかになったり、可能性が指摘されたりという愉しいニュースがよく流れます。それもただの噂やフェイクニュースの類ではなく、大学の研究によって権威ある医学誌に発表されるものばかり。
その一部をご紹介いたします。

ダンテの睡眠障害

ダンテの睡眠障害は、「ナルコレプシー」という突然睡魔に襲われるというかなり特異なタイプ。これは彼の代表作『神曲』のなかで不意の睡魔や転倒、「欠陥も脈も震える(地獄編1章88節)」などの表現が、典型的なナルコレプシーの症状であるとされたためです。ボローニャ大学だけではなく、チューリッヒ大学も同様の研究を医学誌『ランセット』に発表したため、イタリアでは当時新聞でもかなり大きく取り上げられました。
「ナルコレプシー」と聞いてもピンとこない方も多いかもしれませんが、1991年に上映された映画『マイ・プライベート・アイダホ』の中で若く美しいリバー・フェニックスが演じていたマイクという青年がこの病気を患っていました。作品全体に漂う倦怠感とともに、この特異な疾病を覚えていらっしゃる方もいるのでは?

 

病名がない病を作品に描いたマンテーニャ

ルネサンスの天才マンテーニャにも、この手のエピソードがあります。
マンテーニャの写実の才は、ルネサンスの才女イザベッラ・デステがその筆による自身の肖像画を拒否したといわれるほど強烈でした。その天才の筆が生み出したエピソードです。
マンテーニャの場合は病んでいたのは彼自身ではなく、彼が作品の中で描いたある人物でした。マンテーニャは、マントヴァのゴンザーガ家の宮殿に代表作ともいえる『婚礼の間』のフレスコ画を残しています。当時の宮廷の人々が写実的に描かれたその中に、背の低い女性が見えます。彼女の顔や手に残された斑点は、現代の医学では「レックリングハウセン病」の典型的な症状である、と報告されたのです。面白いのは、この病気はマンテーニャがこの作品を描いた1465年ごろには病名もなく、病気と認められたのが1592年であったという事実です。つまり、マンテーニャの写実の技巧は、名前のなかった病気をも表現できたというわけで大きなニュースになりました。

ミケランジェロは変形関節症?

巷説では、ミケランジェロは通風を患っていたといわれています。これに「ノー」を突きつけたのが、フィレンツェ大学のリュウマチ専門医を中心とする研究チームでした。
その報告によれば、ミケランジェロの晩年を描いた肖像画3枚を調査しても、痛風の特徴といわれる尿酸の塊や関節の炎症が見られない、というのです。
ミケランジェロの肖像画の手の様子、甥にあてた手紙の内容などから、研究チームは晩年のミケランジェロは変形関節症に苦しんでいたのではという結果を出しました。これは激しい痛みが伴い手の動きが制限されるため、晩年のミケランジェロの彫刻に細やかさが欠けるという一事とも合致するのだとか。激痛に悩まされようと手の動きが十全でなかろうと、それでも彫り続けたミケランジェロの姿には、天才の孤高が垣間見えるようです。
こうしたニュースを見て思うのは、医学の専門家がよくもよくもここまで作品の一部始終に目を通しているなということ。
芸術と医学。
まったく異なる分野の歩み寄りによる研究結果は、小説のネタにもなりそうな愉しさがあふれていますね。

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