革靴のレビューでも書きますか。

筆者がハンガリーの革靴メーカー、ヴァーシュ(Vass Shoes)の名前を初めて知ったのはもう十年くらい前でしょうか。伊勢丹でヴァーシュとロベルト・ウゴリーニ(Roberto Ugolini)のコラボによる靴が発売されていたのをきっかけに知りました。ハンガリーにはまだ手作業による革靴づくりの伝統が根強く残っていることを知り、紳士靴の世界はイギリスやイタリアだけではないということに目が開かされました。早速、ヴァーシュが出したかの有名な『Handmade Shoes for Men』を買い、読んでみたのを覚えています。いや、正確にはそれは私が革靴にはまり出したのを見た母が買った本でした。若者というのはちょっと何かに興味を持ってみても、深く掘り下げるだけの根気や方法を知らないものです。親というのは偉大なものですね。

それでヴァーシュに興味を持ったものはいいものの、当時で十万円を超す靴、おいそれとは買えませんでしたので、結局今日までこのブランドの靴に足を入れる機会はないままでした。それが去年くらいからヴァーシュのホームページを思い出したようにチェックしていると、素材がカーフなら定価(VAT込み)で500ユーロ台(六、七万くらいですかね)で大体の商品が売っているではないですか。日本で売られている価格のイメージでいたら、本国での値段はかなりお買い得だったみたいです。もし日本に個人輸入するなら関税が足されてもVAT分くらいと考えると、革靴としては手が届きやすい値段です。

それでもまだ買うにはいたらなかったのですが、更に調べてみるとヴァーシュは標準でシューツリーがついてくるらしい。そして今年に入ってからずっとセールをしている。サンプルで一点物として作ったものはもちろん、標準のラインナップもセールをしていている。経営が心配になるくらい。セールで300ユーロくらいで買えるなら、とクリックして我が家に届いたのがこちらの一足です。

箱を開けた時の印象は非常に素晴らしいものでした。どこを見てみても、よくできており、革質もきめ細かく、ウェストは絞られ、ソールのJR(レンデンバッハ)のロゴは持つものに満足感を与えてくれます。モデルはAlt English II、Kラスト、革はアンティーク・コニャック・カーフ。本記事の題が「安すぎ問題」なのでずばり値段を書いてしまうと310ユーロ(VAT60ユーロ+送料30ユーロ含む)でした。ちょっと呆れるくらい安く買えました。もう一度書きますが、これでシューツリーがついています。シューツリーの踵と甲の結合部分が木で出来ているのが抜群に可愛いです。これで靴本体の価格に含まれているのですから恐ろしい。なんでこんなに安くできるのか。ハンガリーの給与水準というのは一体どうなっているのか。

Kラストというのがどんなラストなのかと言うと、いまいち情報が出回っておらず、公式の説明もありません。私が手元に所有してみて、履いてみた感想ですが、長めでチゼル気味、幅は細めだが、甲はそれほど低くない、といった感じです。ヴァーシュの他のラストを履いたことがないので比較ができないのですが、Uラストと並んで同ブランドの中で細めでエレガントなラストという位置づけではないかと思われます。

甲の立ち上がりの角度は結構大きい? 掃除機のホースを背景にして比べてみましたが、別に分かりやすくはないですね…

履き心地はと言いますと、ハンドソーン・ウェルテッドということで最初から靴擦れはないのではないかと期待していましたが、これはありました。同じハンドソーン・ウェルテッドでも以前ご紹介したYeossalの靴の場合は本当に全く靴擦れがなかったので誤算でしたが、ラストの形状の違いでしょう。Yeossalの方は細身の見た目を保ちながらも結構幅に余裕があるラストでした。

それでもこれは自身を持って言えるのですが、二回履いたあとに靴擦れが全くなくなりました。始めの二回は左足の親指の付け根が強くかまれ、外側のくるぶしがこすれ血が出たのですが、今ではまったく快適です。長時間履いていると、右足の小指が少し窮屈に感じてくるといった程度で(右足と左足のサイズが異なり、左足は余裕があるが、右足は少しきついため)、あとは信号が変わりそうな時にさっと駆けるのに躊躇しないくらいには快適です(革靴の快適さとしては十分ではないでしょうか)。

二回で靴擦れがなくなったと言いましたが、ここに辿り着くまでに実は紆余曲折がありました。初めて外に履いて出て行った時にものの見事に雨に降られ、シミが出来、濡れたタオルで境界をぼかすようにシミを消そうと試みてもうまくいかず、結局サドルソープで洗いまでしましたが、今でも微妙にシミの跡が残っているという、この靴にとっては散々の出だしでした。もしかするとその過程でサフィールのレノベイタークリームを使ってみたのが靴擦れをなくすのに役立ったのかもしれません。そのクリームの中には革を柔らかくするというミンクオイルが配合されているからです。

ともかく、シミは依然としてありますし、左右の足の大きさから来るのか、右足の履き皺がきれいではないといった問題はありますが、履きならす中に段々とそうした問題がも薄れてきているような気がします。前回履いた時より、もっと良くなっている(履き心地や革の光沢など)といった発見が(時として妄想の域に属するのかもしれませんが)、革靴に人がはまる要因ではないでしょうか。ヴァーシュの靴はまぎれもなく、そうした所有者の物に対する期待に応えてくれるだけの潜在能力を持っていると、まだ二か月くらいしか履いていませんが、感じています。

Vass Shoes

 

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オランダ在住。オランダの文化や自然、その他ファッションについてなど諸々発信していきます。