その悲劇は今年の2月に起こった。

とある繁華街で一年ぶりに会った友人と深夜3時まで飲み、1時間ほどかけてその友人の家まで歩いた。

次の日の昼にいつも使っているSE215をポケットから取り出すと左のイヤホンが脱落してケーブルだけになっているという無残な光景を目の当たりにした。

思い当たる節は2か所ある、まずバーでイヤホンを椅子の裏に落としてしまったことに気が付いて拾い上げた時だ。仮にそうだとしたら埃だらけであろう椅子の裏をバーテンダーに隈なく探してもらった上に後日連絡までしてもらって、さらにはそのバーまで取りに行かなければならない上に、埃にまみれたイヤホン本体をクリーニングしなければならないのはあまりに億劫だ。

次に思い当たる節はその帰り道だ。こちらは1時間近く歩いた道を辿って捜索しなければならない上に、二人とも酔っていて詳細なルートは覚えていない。砂漠のなかから一粒の砂を見つけ出すかのような途方もない労力を要するのは誰の目にも明らかだ。その上そのときの天気は雨で、仮に見つけ出したとしても状態は良くないだろう。

そんな経緯で新たな普段使い用のイヤホンを入手しなければならないことになった。

実は4年以上SHUREのSE215 Special EditionとSE215を普段使いとして使用していたほどSHUREの使い心地に惚れ込んでいて、今回もSHUREのSE215を買おうかと悩んでいたほどだ。

SE215が発売されてから9年ほどが経つが、未だに1万円台のイヤホンのなかでは敵なしと言っても過言ではないほどの人気で、どこのオンラインショップなどでも必ずと言っていいほどランキングの上位に肩を並べている。

そんな中1万円台イヤホンのなかでSHUREと並んで絶賛されるようになったのが2018年末に日本で発売が開始されたSENNHEISER(ゼンハイザー)のIE40 PROである。

発売当初からかなり気になっていたものの、新しいSE215を使い始めた時期で、さらに忙しくてバタバタとしていたので試聴にも行けなかった。やはりSE215という選択肢の方がなんとなく安心感を感じるものの、どうせならと思いIE40 PROの方を導入することにしてみた。カラーの展開は擦りガラスのようなマットな質感のクリアでスケルトンになっているものと、内部が透けて見えないマットなブラックの2種類となっている。

SENNHEISERと言えばダイナミックな重低音がその特徴として挙げられる。SHUREのSE215 Special Editionも中低音の主張が比較的強いイヤホンとされているが、Special Editionを使っていたのは2年以上も前の話で、最近まではノーマルのSE215を使っていたため重低音が気にならないか届くまで不安だったが、箱から出して聴いたところその悩みは氷解した。

試聴曲はラヴェル/水の戯れ、Fourplay/Bali Run、Portishead/Mysterons、後述するイヤーピースはウレタン素材のものを耳の手前側の深度にしてモニターした。

水の戯れに関してはまるでスローモーションでエステ家別荘にある噴水の水しぶきの水滴1つ1つが滑らかに小躍りしているかのような錯覚に陥るほどサウンドに動きのある粒感が感じられる。高音は澄んだ音に響きがあり、刺さりもさほど気にならない。

Bali Runに関しては低音の重厚な下支えの基に若干シャリっとした雰囲気の高音(特にハイハット、シンバル)がお互いが主張し過ぎるわけでもなく、うまく調和してなめらかな音の伸びも感じられる。また、Bali Runの疾走感が高いレベルで再現されている。SHUREより中低音が近くに感じた。セパレートが明確で境界線を感じられる。

Mysteronsに関しては解像度の高さゆえに女性ヴォーカルの発音や細かな息遣いまで把握できるものの若干歯裂音が気になる人が居そうである。陰鬱な雰囲気とダウンテンポ、トリップホップの魅力が存分に堪能できる。

総括として確かに多少重低音は強めの仕様となっているが、全体的なバランスは取れており心地よい聴き心地を実現している。特にイヤホン本体外側に設けられたベントがその篭りを解消しているため音が適度に開放されているかのように感じられる。ゼンハイザーらしいダイナミックな重低音と広い音場の血統はそのままに、絶妙なバランスが実現されている。いわゆる”ドンシャリ”のようなサウンドはほぼ感じさせない。そして音のセパレーションが秀逸で、それぞれの音が粒のように聴こえる。さっぱりとしたキレの良いサウンドを実現しており、定位感も申し分ない。この解像度と分解、定位感はまさにモニタリングの名に恥じない特性だ。

ゼンハイザーのイヤホン、ヘッドホンと言えばなんとなくアジア人の耳の形状に合わず、長時間使用しているとかなり疲労したり痛みが生まれるようなイメージが形成されていたが、今回はそんなことはない。なんならSE215より一回り小さくて薄いというイヤホン本体の仕上がりで、特段角ばったところもなく軽量なボディとなっている。

箱出しの状態ではサ行と高音の刺さりが若干気になったが、これはイヤーピースとエージングでかなり改善する。イヤーピースはコンプライのようなウレタンでできた中サイズのものが1つ付属し、プラスチック製のものは大・中・小の3種類付属するが、個人的にはプラスチック製のイヤーピースは表面に突出したラインのようなものが耳を圧迫して若干の痛みを感じたためウレタン素材のものを使用している。もちろんケースは付属されている。この点に関してはSHUREの方が付属アクセサリーとして3種類ずつのウレタン素材、プラスチック素材のイヤーピースが付いてくるため一枚上手か。また、本体外側のベントの影響もあってか、遮音性に関してはSHUREの方に軍配が上がるが、IE40 PROも実用上十分過ぎる遮音性能だ。なお、音漏れの心配も無用だ。

プラスチック製のイヤーピースを用いると良くも悪くも音がダイレクトに聴こえてくるので好みが分かれるところだろう。特に高音の主張が強めのテイストとなる。ウレタン素材の方は音の粒の角が取れたかのような丸みを帯びたサウンドで長時間のリスニングでも疲れないようなサウンドだ。カナル部分の内側に黒色のスポンジが入っており、それが外に脱落するのを防ぐためにイヤーピースの穴のなかには十字にスポンジ止めが入っているのでイヤーピースをカスタマイズしようと考えている人は注意が必要だ。巷で絶賛されているSpin-fitのイヤーピースを装着しての感想はいずれ追記したい。

この付属のイヤーピースは二段階の深度を設定できる。イヤーピース側の内側の浅めの箇所と深めの箇所に溝が設けられており、これをイヤホン側カナル部分の先端の淵にひっかけて深度を設定する。弱いクリック感を感じるので容易に設定できたことがわかるはずだ。これにより音の近さや高音と低音のボリュームバランスが大きく変わってくる。耳の奥に挿入されるように設定すると若干音の距離感が離れ、高音(特に歯裂音)が減衰するように感じられる。耳の手前に挿入されるように設定すると音が近くなり、低音の存在感と没入感が増すといった具合に感じられる。

ケーブルに関してはマットな仕上がりで、再生機器側のプラグは十分なほど切れ込みが入った、しっかりとしたラバーに保護されている。このイヤホンのスペックを語る上で欠かせないのがこのケーブルコネクターとして独自の端子を用いていることである。MMCXのような互換性に優れたケーブルでないため遊び心はないかもしれないが、このクオリティのサウンドを実現するためには必要な犠牲だったと思われる。本体とケーブルを着脱するときにクリック感がないので脱落が気になるかもしれないが、屋内屋外を問わずかなりの時間装着していてケーブルに撃力が発生するようなシーンが何回もあっても二か月間本体とケーブルが不意に外れたりしたことはない。

音楽のジャンルを問わず安定したパフォーマンスをオールラウンドに発揮するIE40は、一万円台のイヤホンのなかでは群を抜いた存在のイヤホンと言える。これからも評価され続けていくイヤホンの一つに違いない。

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カメリアシネンシスやワインをはじめとした洋酒をこよなく愛する理系学生。