訳者まえがき 優れた詩が、歌曲の詞としても優れているとはかぎらない。例えばマラルメの詩が世紀の傑作であることは誰の目にも明らかであるが、絶対的な美を湛える彼の詩にとっては、ラヴェルの旋律さえ余計な異物…
投稿者: ライター K
訳者まえがき 「私たちは、懐郷病と呼びなされるあの感情を踏まえ、彼は懐天病を患っていると言ったものだ1)」――ラマルティーヌによる自伝的小説『ラファエル』の一節である。まさしく彼は、天への憧憬を抱えて…
訳者まえがき 歌曲の困難は、詩と音楽の調和に存する。歌詞を伝えようとするあまり音楽が疎かになってはいけないが、かといって音楽性を過度に重視すれば、歌詞は無意味な添え物にすぎなくなる。歌詞と音楽が、均衡…
懐古趣味が高じて買ってしまった、年代物のフロックコートがある。購入先の店主によれば、1930年代に英国で仕立てられたものらしい。フロックコート自体は19世紀の衣服であるが、なるほど確かにこの一着は、典…
コロナ禍によりパソコンと向き合う時間が一層増した2020年、相変わらずインターネットは騒々しい。 かつて執筆は、限られた者のたしなみであった。自らの言説を書物に編み世に問うには、作家としての力量や、知…
訳者まえがき とある高名な仏文学者に聞いた話では、ヴェルレーヌを専門とする研究者は意外に少ないらしい。マラルメやランボーと並び称されるこの大詩人に専門家が付かない理由は、氏いわく後期の作品群にある。あ…
訳者まえがき ヴィリエ・ド・リラダンは、革命が生んだ最後の悲劇である。彼はフランス有数の名家の血を引きながらも、没落貴族の末裔として、貧民同然の暮らしを強いられた。「現代において真に高貴な唯一の栄光た…
訳者まえがき デ・ゼッサントおよびシャルリュスのモデルであり、ポール・エルーやエミール・ガレのパトロン、そしてブランメルの系譜に連なる最後のダンディでもある、ロベール・ド・モンテスキュー伯爵――19世…
訳者まえがき 「今どきレニエを読むとは珍しい」――古書店の老店主にそう言われたことがある。つくづくお世辞のうまい店主である。この詩人を愛する者にとって、過去への愛に勝る美徳はないのだから。 アンリ・ド…
訳者まえがき 歴史に名を残すことなく、忘れ去られた詩人たちがいる。凡庸とみなされ、群小詩人と一括され、学界からも出版界からも等閑視されてきた彼らの作品は、はたして大作家たちのそれと比べて本当に劣ってい…
はじめに 5月も末となり、走り梅雨の合間に差す陽光の暖かさが、早くも夏を予感させます。盛夏に向けて支度を整えるには、うってつけの時期です。 ウェルドレッサーを志す日本人を毎年悩ませるのが、夏の暑さです…
これまで本誌では様々なレターペーパーを取り上げてきましたが、そろそろ筆者のとっておきをご紹介しましょう。アマルフィの製紙工房、アマトルーダの手漉き紙です。 1. 繁栄と衰退 現代ではすっかり観光都市と…
※封蝋の種類や押し方については、拙稿「封蝋のすゝめ」をご覧ください。 はじめに 封蝋の歴史は古く、近代郵便制度が成立するはるか前から、西洋の人々は手紙に蝋で封を施してきました。しかし現代では、郵便の仕…
はじめに 一枚の絵画が私をとまどわせる。 画布のこちら側にはみ出しているかのような果物籠に誘われ、私の目は画中の世界に迷い込む。すると私は、食卓の向こうに、神秘的な光を浴びて輝くイエス・キリストそのひ…
以前丸の内にある文具店ANGERS bureauを訪れた際、あるノートが目に留まりました。シンプルなくるみ製本でしたが、小口は見事に砥いであり、端正な美を湛えていました。確か表紙には、柔らかい紺色の紙…
はじめに 封蝋を押した手紙を送る際、どうしても気になるのが、せっかくの封蝋が割れないかということです。以前お伝えしたとおり、シーリングワックスには、割れやすい伝統的なハードタイプと、可塑性が高く割れに…