書評『つけびの村』

はっしー

普段はノンフィクションやルポルタージュを読むことはあまりないのですが、著者である高橋ユキがnoteに無料公開している「ルポ『つけびの村』01/06 〜山口連続放火殺人事件の因縁を追う〜」を読み、興味深かったため単行本を購入してみました。

この本のテーマはシンプルで、「都会に働きに出ていた加害者が出身地である田舎に戻り、住民による噂話の対象になり、妄想性障害を発症して5人を犠牲にする殺人事件を起こす」というものです。
アマゾンのレビューや書評を見ると厳しい意見も多く、内容が浅い、単調な紀行文、もっと勉強をした方が良いなど散々なことが書かれていますが、私はこの本はなかなか読み応えがある面白い本だと思いました。

いくつか理由があるのですが、一つは組織に属していない著者が足で一次情報を集めているということです。本書のなかでも触れられていますが、新聞も週刊誌も新しい情報を次々とリアルタイムで発信していくことに重きを置いており、今日では深く掘り下げた検証がなされることが少なくなっています。本書の主題である山口連続放火殺人事件も、当時は数多くのメディアが取材に押しかけたり、インターネット上で検証のされていない情報が錯乱したり、混乱を極めたといいます。
この著者は東京から山口県の僻地にある周南市金峰地区に何度も足を運び、被害者遺族や現地の住民に話を聞いています。警察や裁判関係者、出版社や報道関係といった組織の一員として取材するのと違い、著者はもともと裁判傍聴の趣味が高じてルポライターになったようで、フリーランスの形で取材を行っているのです。好奇心から調査を行っているというのは、捜査の権限もなく素人に近いという見方もありますが、同時に組織的な意向が反映されない独自の調査ができるということでもあります。

本書の後半には、著者が山口連続放火殺人事件の判決を傍聴したときの記録が残されています。判決では著者が住民のインタビューで聞き出した「村のうわさ話の存在」や、著者が独自に協力を依頼した精神科医の「妄想性障害の判定」がそもそも存在しなかったことになっています。犯行の張本人であることは間違いが無いので、加害者に完全責任能力が有ると判断、死刑判決の上告の破棄を言い渡しました。著者は、事件の規模や社会的な周知によって、この精神鑑定人の意見が裁判ごとに異なる、また鑑定人によっても結果が大きく変化するということを指摘しています。
本書を手に取った読者のなかには、さがなら探偵小説のように、著者が現地で取材調査した結果によって別の犯人や共犯者が見つかるなど、刺激的な結末を求めている人もいるかもしれません。ですが実際には、著者はうわさ話の実態調査や妄想性障害を引き起こした原因を、多角的に何度も繰り返して調べ上げる手法を取っています。本書には、複数の人物に何度も取材を断られる場面や、苦労して調べた住所を訪れても取材相手が死去して実現できなかったという話もあり、文字どおりしらみつぶしに調査を行っているのが印象的でした。
覆されることのない、犯行が確定しきった犯人の動機的背後を調べ上げるのは、コストも時間も掛かり、組織に属しているライターでは難しいことでしょう。現代では未解決事件でもないかぎり、新しく起こった事件や事故を次々とリポートする方が採算性からしても重要なので、著者のように過去の一つの事件を5年以上も追い続けることは少ないといえます。
そういった意味でも本書は、展開の遅い地味な話でありながら、手帳のメモを一つずつ塗りつぶしていくような感覚が新鮮に思えてなりません。

近年のインターネットメディアには、公的機関の発表や、記者クラブに所属する大手メディアの情報をそのまま二次情報として受け渡す、もしくは複数の二次情報、三次情報を組み合わせた「まとめ」のような記事が多数存在します。それと比べると著者は、頑なに一次情報にこだわり、現場に居た現地の人から直接話を聞き、被害者遺族や加害者にアポイントメントを取りインタビューし、現地の図書館にさえ置いていない郷土資料を見つけ出し、歴史的背景を読み解こうとし、自分自身が生で見聞きしたものだけに信を置く姿勢が伝わってきました。

そして最初の作品公開の場がインターネットというのも画期的です。noteをご存知の人もいると思いますが、ブログ感覚で公開でき、その記事を有料で配信することも可能です。過程で他者が校正や編集をしたり、検閲したりすることなどが全く無いのです。従来であれば、出版社の意向や編集者の見解により原稿が修正されたり、本の新聞広告を出す時点で差し止めが起きたりすることがあったかもしれません。農家の産直野菜のごとく、本書は著者が書いたままの生の情報が、誰からの影響も受けることなく公開されているというのが面白い試みだと思いました。先にインターネットで未編集で公開されてしまえば、ヒットした後に出版される本も、限りなく原型に近い形で公開されるのです。

話は少し変わりますが、本書後半では、村の郷土歴史や、年に数回行われる祭りについて取材したことも細かく述べられています。正直な感想では、これらは事件との関係性は乏しいのですが、全く無関係かといわれればそうではありません。事件の現場となった周南市金峰地区だけでなく、過疎化で人口の50%以上が65歳以上の高齢者という限界集落は日本全国で増え続けています。
それらの集落には同じように長い歴史があり、江戸時代の封建領主の藩にルーツを持つ村もあります。事件の起こった金峰地区のように別の藩主の末裔同士が住んでいたりと、表面的な対立だけでなくその根が何代も昔に続くこともあるはずです。
そして多くの場合、郷土資料が残っているのは恵まれている方で、数少ない住民の言い伝えだけで残っていることもあり、wikipediaどころか、現地の図書館にさえ情報が残っていないこともあるのです。そういった面からも、一次情報を足で集めるルポライターは今後より時代に必要とされているのだと思います。
本書の結末はあっさりとしてつまらないかもしれませんが、noteで冒頭が無料で公開されているので、興味があれば続きを手に取ることをお勧めします。


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