語学学習において、辞書はかなり重要な位置を占めています。というのも、使う教材や参考書は変われど、辞書はそこまで頻繁に替えるものではありません。一冊の辞書と共にする期間が長い分、その辞書のクオリティによって学習者の外国語レベルがある程度左右されます。なので、参考書を選ぶよりも慎重に、辞書を選ばなくてはなりません。

1. 紙辞書か、電子辞書か

紙辞書と電子辞書の両方を長年使ってきた私としては、電子辞書が圧倒的に使いやすいのですが、問題なのはラテン語という比較的マイナー言語だと、いわゆる電気屋さんに置いてあるような電子辞書がないことです。とその前に、なぜ電子辞書が優れているかというと、圧倒的な使いやすさにあります。
紙辞書を使うとなると、本棚からそれを運んできてページをパラパラめくりながら探している単語を見つけて、気になる箇所があったらペンで書き写す、しかも重いというかなり大変な作業が必要になりますが、電子辞書であれば大変軽いですし、ページをめくらなくても調べたい単語を入力するだけでその単語の項目に行けますし、ブックマークに登録すればわざわざメモに書く必要もありません。使いやすいということは、それだけ面倒臭がらずに辞書を引く習慣がつきやすいということにもつながります。引きやすい辞書を手に入れて、バンバン引きましょう。(ただ、当然紙辞書にも紙辞書ならではの利点はあります。引いた際には同じページにある他の項目も読めますし、データが破損して一気に読めなくなるようなことも起こりにくいです。もちろん、電気に頼らなくてもいいのでバッテリー切れの心配もありません。あとはハードウェアを買う必要がないので、場合によっては安く使えます)電子版で使えるラテン語の辞書については後半で詳しく書いております。

2. どんなラテン語辞書があるのか?

2-1

まずは、日本語で書かれたラテン語辞典を紹介します。

2-1-1 『羅和辞典 改訂版』(研究社)

日本語で書かれた辞典の中では、おすすめは何と言っても研究社の『羅和辞典 改訂版』です。
一つ目の利点は収録語数の多さです。見出し語は45000もあります。さらに嬉しいのは例文や熟語表現には全てに和訳があること(これはラテン語辞書の世界では当たり前のことではないのです)、古典期のラテン語(だいたい2世紀までのラテン語)のみならず、中世や近代のラテン語も収録していたり、巻末には和羅辞典も収録していたりという利点があります。私は紙辞書、PC用アプリ、ipod touch用アプリ合計3タイプの媒体でこれを使っています。なぜiphoneではなくipod touchに入れてるかというと、ラテン語の辞書を引く際は集中したいので、電話やLINEで乱される恐れのあるスマホを避けるためです。欠点は長音記号をつける決まりが納得いかないことくらいです。また、欠点というほどではないですが、羅和辞典を買ったからと言って古代ローマ時代のラテン文学の作品がすらすら読めるというわけではありません。研究社の羅和辞典に載っているのはメジャーな用例が多いのですが、ラテン文学の作家は時には羅和辞典に載っていないようなマイナーな意味のラテン語を使う場合があります。なので、初心者向けのラテン語読解本を読む際などはこの辞書で事足りるとは思うのですが、古代のラテン文学を原文で読むには頼りなくなってしまうという印象です。

2-1-2 『古典ラテン語辞典(改訂増補版)』(大学書林)

続いては、大学書林の『古典ラテン語辞典(改訂増補版)』です。上の研究社の時点との違いは主に、時代を限ってるということです(ラテン語の例文の和訳は、羅和辞典と同じく載っています)。古典ラテン語辞典という名前の通り、古典期のラテン語しか扱わず、中世や近代のラテン語は収録していません。しかしながら、例文はかなり充実しています(研究社の辞典と違い、出典の作家は書かれていませんが)。欠点は紙媒体しかないことと、大きいことと、ハードカバーで使いづらいことと、重いことと、何と言っても値段が高い(37000円+税)ことです。例文は充実してるので、為になる辞書であることは再度強調しておきます。値が張っても使いたいのであれば、図書館で使ってみてはいかがでしょうか(地域の図書館に無い場合は購入リクエストを!)。

2-2 英語で書かれた辞書

(ここに挙げる辞書は、全て古典期のものになります)

2-2-1 Cassell’s Latin Dictionary

一言で言えば、電子媒体を使うのが苦手で絶対に紙辞書を使いたいという方には、この辞書が一番おすすめです。羅英と英羅もあるのも嬉しいポイントです。例文に関しても、出典の作家も明記されています。ただ、ここに挙げた英語で書かれた辞書はどれもそうなのですが、ラテン語の例文に必ずしも英訳がついているとは限りません。

2-2-2 Elementary Latin Dictionary (Charlton Lewis)

サイズもコンパクトでそこまで悪い辞書ではないのですが、大学時代に教授が「この辞書は固有名詞の説明があまり載っていないという欠点がある」と言ってたのを覚えており、あまり使っていません。

2-2-3 Lewis & Short

こちらは、Oxford Latin Dictionaryが出るまでは、英語で書かれたラテン語辞典の中では一番詳しいものでした。例文も豊富で、使い勝手がいいです。私もよく使う辞書です。

2-2-4 Oxford Latin Dictionary 2nd edition

現在完成しているラテン語辞書の中では一番大きく(2巻に分かれています)、一番詳しいと思うのですが、日本のAmazonだと46000円もします。はたして、個人で購入するまででしょうか?お金に余裕があれば全然問題ないのですが、もし46000円もあったら他のことに使うのもおすすめかもしれません。たとえばBristol Classical Pressから出てる注釈付きラテン文学テクストを十何冊も買うとか。その方がよっぽどラテン語が読めるようになります。

2-3 フランス語で書かれた辞書

2-3-1 Le Grand Gaffiot

大学時代にラテン語講読の授業に上級生が持ってきてるのを見て、ずっと不思議でした。なんであんなに大きくて重いものをわざわざ持って来る必要があるのかと。でも、今なら気持ちがわかります。この辞書はものすごく使いやすいです。まず、例文に必ずフランス語訳があります。これだけだと「研究社の羅和辞典も大学書林の古典ラテン語辞典もそうじゃないの?」と思われるかもしれませんが、こちらは出典の作家名、作品、章、節まで載せていて、出典の作品へのアクセスがかなり簡単になっています。また、7万語という収録語数も多いですし、中世前期のラテン語まで収録しています。難点は重くて大きいところです。しかし、紙辞書の中でコストパフォーマンスで選ぶとしたら、私はこれをおすすめします。

3. ラテン語辞典を使うのに便利なサイトやソフト

ここにいろいろオススメはありましたが、全て揃えるとなるとかなり高くついてしまいます。しかし、ラテン語辞書はすでにパブリックドメインになっているものも多く、無料で使えます。

3-1 EPWING for the Classics

http://classicalepwing.osdn.jp/

まず一番初めにオススメしたいのは、”EPWING for the Classics”です。このサイトはパブリックドメインになったラテン語辞書のEPWING形式のデータを配布しており、ここで先ほど挙げたElementary Latin Dictionary, Lewis & Short, そして旧版のGrand Gaffiotが手に入ります。これは利点を上げればキリがないですが、

  1. 電子辞書として使える
  2. パブリックドメインだから無料で使える
  3. 変化形から引ける

というものがすぐに挙げられます。変化形から引けるというのは、たとえば作品を読んでいて活用された形の動詞(例えばcedamus amori「愛に従おう」のcedamus)の意味を調べるときに、普通の辞書であれば直接法能動態現在時制1人称単数での見出し語しか載っておらず、自力で”cedo”の項目までいって意味を調べる必要がありますが、このEPWING for the Classicsはcedamusと入力すると「動詞cedoの現在時制、接続法、能動態、1人称複数」と出てcedoの項目へのハイパーリンクが表示されます。このように使い勝手はかなりいいです。個人的にはEBPocketの有料版アプリで使うのがおすすめです。無料版もありますが、有料版は後方一致検索やブックマーク機能もあるので便利で、しかもそこまで高くないので、有料版をお勧めします。最初はEBPocketやEPWING for the Classicsの使い方が難しいかもしれませんが、EPWING for the ClassicsのサイトとEBPocketのウェブサイトで丁寧に詳しく使用方法を教えてくれているので、そこまで難しいことはないはずです。EBPocketは条件検索や全文検索の機能を使えば、見出し語に乗っていない場合でも使えます。例えばLewis & Shortで条件検索や全文検索の機能を使って”pumpkin”で検索すれば”pepo”が出てくるように英語からラテン語の単語を調べることも出来ますし、全文検索で”Verg. A. 12”と検索すれば、ウェルギリウスのアエネーイスの12巻を出典とする箇所が全て見られます。このように、紙辞書にはない検索方法でパブリックドメインの良質な辞書を使い倒せるのがEPWING for the ClassicsとEBPocketの強みです。ラテン語学習者であれば必携と言っていいでしょう。(EPWING for the Classicsではラテン語の学習者に幅広く使われているAllen & Greenoughラテン語文法書も無料で使えます。こちらもすごくおすすめです)

3-2 Perseus

http://www.perseus.tufts.edu/

タフツ大学という大学のPerseusというサイトは数々のラテン文学作品を無料で公開していますが、その上辞書も無料で使えます。Latin Word Study Toolというページを開き、右側の検索バーにラテン語を打ち込んで検索ボタンを押せば、元の見出し語が出てきます。使う辞書はElementary Latin Dictionary(このサイトではElementary Lewisという名前)とLewis & Shortです。パブリックドメインの辞書を使いたいけどEPWING for the Classicsは難しすぎる、多少機能は制限されても優れた羅英辞典を無料で使いたいという方におすすめです。

3-3 Logeion

https://logeion.uchicago.edu/

シカゴ大学によるアプリです。無料で入手でき、古典ラテン語の辞書はLewis & ShortとElementary Latin Dictionaryが入っており、中世ラテン語の辞書にはなんとThe Dictionary of Medieval Latin from British Sourcesが入っています。私は古典期のラテン語が専門なので中世のラテン語については詳しくないのですが、それでも中世ラテン語を引く際には大変重宝します。この辞書のためにLogeionを使っていると言っても過言ではありません。EPWING for the Classicsの使い方が難しすぎるという方向けです。

3-4 Dicfro

https://micmap.org/dicfro/

こちらは、私がコストパフォーマンスが一番優れていると書いたGaffiotの旧版をページ表示で見られるサイトです。単語検索バーの横のメニューでGaffiotを選んで単語を入力して検索ボタンを押せば、その項目が載っているGaffiotのページが丸々表示されます。こちらもPerseusと同じく、EPWING for the Classicsを使うのが難しい人向けです。

4. まとめ

このように、ラテン語は死語と言われていますが、良質な辞書が無料で読めるという大変素晴らしい魅力があるのです。今回はラテン語から引く羅和、羅英、羅仏辞典について解説しましたが、和羅、英羅、仏羅はマニアックすぎるので今後、別の形で紹介できればと思います。皆さんもこの記事を参考に、自分のお気に入りのラテン語辞典を見つけてみてください。

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ラテン語の面白さを日々ツイッターで発信するラティニスト。ラテン語を日本に広める活動を行っている。